2019年1月16日 (水)

陸軍機スケールポスター / クリアファイル完成

2ol
陸軍機スケールポスター / クリアファイルが完成しました。
コミティアで頒布予定です。
 
海軍はこちらです。
http://soranokakera.lekumo.biz/tesr/2018/10/post-645c.html
 
これでペアになりました。一応、ノモンハンから大東亜戦争末期までの
機体はほとんど書きましたが、どこまでカテゴライズするか、これ以上はそう
いった問題になってきます。
 
今回は、高速研究機「研三」、特殊攻撃機「剣」
萱場ラムジェット戦闘機「かつをどり」、試作ジェット戦闘機「火龍」
桜弾機、九八式直協機、九七偵察機(朝日新聞の神風号)
飛燕二型改、Bf-109ドイツ技術供与機、そして幻の計画に終わった
隼の四型を描きました。「富嶽」も架空です。
次いで、大きさ比較の為、B-29とB-17、F4Uも図面だけ掲載しました。

2018年12月29日 (土)

コバルト

Ko_2

元素記号Co。陸軍では「コバルト色」のように色の名称で使われた。
陸軍機は中隊ごとに尾翼のシンボル、胴体帯、スピナー等が色分け
されており、モノクロ写真からは推定するしかないが、関係者の
証言を照合すると、同じコバルトの呼び名でも、部隊によって水色
に近い色から、群青に近い色まで多様だった。
 
一例として加藤隼戦闘隊(飛行第六十四戦隊)の第一中隊の矢印の
縁取りは水色との証言がある一方で、飛行第六十六戦隊の
戦隊マークやスピナーは紺色に近いブルーを用いた。

2018年12月27日 (木)

だるまさんの目入れ式

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今日は一年間の空の安全と、事業の一年間無事終了を記念致しまして
だるまさんの目入れ式を行います。年末年始のちょっとした期間だけ
だるまさんが両目になります。新しい年を迎えたら
新しいだるまさんをお迎えして、気持ちを一新して、
また一年間地道に頑張るのであります。
  
恒例の護国神社のどんど焼きは1月14日となります。
去年の様子

2018年12月26日 (水)

日光安治上飛曹

A4 
北海道、北見出身の紫電改のエース、
日光安治上飛曹(甲10)です。こちらの写真は343転勤前の
昭和19年2月15日、263空(豹部隊)において撮影。
(背景は零戦のようです)
 
資料整理しておりましたら日記
(ご遺族の許可を得てコピーし若干数製本されたもの)と
お写真が見つかりました。(写真はもう一枚あります)
戦死されるまで非常に細かく日記を書いてらっしゃるんですね。
ご縁のある方、または研究されている方のお役にたちたいと思い
アップしました。内容は263時代のものが多いです。
パラオ-フィリピンでB-24と数多くの空戦を展開しています。
 Dscn2527

Dscn2528

2018年12月14日 (金)

砲雷撃戦!よーい!四十六戦目

Photo

砲雷撃戦!よーい!四十六戦目
2019年1月20日
東京ビッグサイト
艦これオンリーイベント
 
サークルカットできました!
よろしくお願い致します。

2018年12月 9日 (日)

筑波海軍航空隊地下戦闘指揮所の発掘作業

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筑波海軍航空隊飛行場跡地の地下に在るといわれる
戦闘指揮所(地下壕)の発掘調査を実施しました。
 
今回は、飛行場跡地にお住まいの方から
庭の草むしり中に陥没したという報告があり
(とはいっても腰くらいの深さで怪我はなかったそうです)
許可を頂いてお庭の試掘に至りました。
 
ユンボ(重機)でおおまかに掘ったところ、
何やら、木片が出てきました。
ここからは手掘りです。
 
つづく

2018年12月 3日 (月)

Amazonで販売開始

『蒼空はるか』第一巻(増加試作版)
をAmazonで増加試作版を
先行販売開始しました!
  
  
---------商品説明より-----------
宇都宮市の女子高生五人組
ある日、彼女らは裏山の洞窟で古びた飛行機を発見する。
飛行機は大戦中の戦闘機「疾風」だった。
彼女らはふたたび「疾風」を宇都宮の空へ飛ばそうと、
ここを秘密基地にして、修復を開始する。
  
同人誌版から応援してくださった皆様の力添えで
ついに単行本化。(商用誌デビュー決定)
増加試作版としてAmazonにて先行発売です。
 
エピソード1
「疾風を宇都宮の空へ」
エピソード2
「私達の秘密基地」
エピソード3
「宇都宮航空祭」
エピソード4
「五人目のつばさ」
エピソード5
「コンタクト」
 
巻末特別読み物
「大谷地下空間に存在した戦闘機『疾風』工場と秘密基地計画」
 
以上を収録した126ページ
 
--------------------

なお、
エピソード6は年内に、
エピソード7は年明けに発表となります。
第二巻は2019年5月発売予定です。
 
応援してくださった方に厚く御礼申し上げますとともに
これからもよろしくお願い致します。

2018年11月26日 (月)

最後のゼロ戦

64_2

改造に改造を重ねた最後のゼロ戦。終戦直前に
3機のみ試作された64型です。
大型の金星エンジンを搭載した重戦闘機です。

2018年11月15日 (木)

343空への特攻命令

Photo_2

2

3 
カノナリさんの漫画作品です。
下記の記述をもとに製作しました。
 
出典 NHK-TV「NHK特集 紫電改最後の戦闘機」1979年
ヘンリー境田『源田の剣』ネコパブリッシング 376頁。

2018年11月 8日 (木)

蒼空はるか 単行本 第1巻発売

蒼空はるか単行本

今まで同人版でご支援くださった方、ありがとうございました。
お陰様で『蒼空はるか』はコミティア126を最後に同人版を卒業し、
商用誌に移行します。(本屋さんで買えるようになります)
 
今後ともよろしくお願いします!!
第五話ではついに疾風が飛びます!
 
Amazonで増加試作版を
先行販売開始しました!
 

 
---------商品説明より-----------
宇都宮市の女子高生五人組
ある日、彼女らは裏山の洞窟で古びた飛行機を発見する。
飛行機は大戦中の戦闘機「疾風」だった。 
彼女らはふたたび「疾風」を宇都宮の空へ飛ばそうと、
ここを秘密基地にして、修復を開始する。
  
同人誌版から応援してくださった皆様の力添えで
ついに単行本化。(商用誌デビュー決定)
増加試作版としてAmazonにて先行発売です。
 
エピソード1
「疾風を宇都宮の空へ」
エピソード2
「私達の秘密基地」
エピソード3
「宇都宮航空祭」
エピソード4
「五人目のつばさ」
エピソード5
「コンタクト」
 
巻末特別読み物
「大谷地下空間に存在した戦闘機『疾風』工場と秘密基地計画」
 
以上を収録した126ページ
 
--------------------

なお、
エピソード6は年内に、
エピソード7は年明けに発表となります。
第二巻は2019年5月発売予定です。
 
応援してくださった方に厚く御礼申し上げますとともに
これからもよろしくお願い致します。

零戦解剖図(スケルトン)

零戦(ゼロ戦)スケルトン解剖図


ゼロ戦52型のスケルトンバージョン(解剖図)完成しました。
素材がどんどん完成していきます。

2018年11月 6日 (火)

海軍機スケールポスター販売開始

海軍機スケールポスターの販売を開始しました。
よろしくお願いします。

2018年11月 1日 (木)

筑波海軍航空隊のエピソード

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_003 
筑波海軍航空隊のエピソード、漫画になりました。
カノナリさんの作品です。
  
事実をもとにしていますが、漫画化にあたって、
若干のアレンジを加えてあります。
特攻機ですが、爆弾でなく増槽を抱えているのは
鹿屋に進出後、爆装するためです。

2018年10月21日 (日)

海軍機スケールポスター

海軍機スケールポスター

海軍機スケールポスターが完成しました。
次は陸軍機です。全部描いてあるので、あとは並べるだけです。
それが終わったら自衛隊版に着手します。

海軍機スケールポスターの販売開始されました。
よろしくお願いします。

2018年10月20日 (土)

彩雲

Saiun

「我に追い付く敵機無し」
有名な文言です。121空がメジェロ挺身偵察の
帰還後、記したと伝わっています。イラストは創作で、
タービン装備仕様の121空機です。
 
九六式以降大東亜戦争終結までの飛行機、陸海軍機全部描く計画、
あと2機で完了となります。マラソンのように、最後がきついですが
明日には完成させたいです。
 
最後に描く飛行機は「橘花」です。

2018年10月18日 (木)

名機「瑞雲」

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瑞雲が描き上がりました。
元搭乗員の方のお話しによりますと
剛性のある名機で「彗星」に乗り味が似ていたそうです。
 
例を見ない水上機の急降下爆撃機で
フロートの支柱についているのがダイブブレーキです。

紫雲

Photo

紫雲です。
日本初の二重反転プロペラです。
二重反転プロペラというのは、
飛行機や機械好きならほぼ、200%、垂涎ものの
仕組みであります。
 
横の黒い部分ですが、これは補助フロートです。
飛行時はバルーンのように空気を抜いて
体積を少なし、抵抗を減らしています。
 
総生産機数は数機のみですが
パラオのアラカベンサン基地に配備されています。

2018年10月15日 (月)

九六艦戦

Photo_2

九六艦戦描き上がりました。ゼロ戦の前身となる飛行機です。
かわいい飛行機です。尾翼の形状が好きです。
 
このほかに九六陸攻、天山、九七飛行艇、零観なども
完成しています。あと3機。

2018年10月10日 (水)

機体側面図追加

Photo

銀河・銀河(桜花二二型搭載機)
極光・月光・彩雲改・紫雲・流星改を追加しました。
 
このまま海軍機を全部描きます。
これは約束であります。あと10機くらいです。もう少し。

海軍機全部描く

Saiun

彩雲の下描きです。このほかに、
銀河、極光、月光が完成しています。
今週中には全部完成させる予定であります。

2018年10月 9日 (火)

偉大なる対潜哨戒機の先駆者

Photo

対潜哨戒機「東海」です。
敵の潜水艦を探す専門の飛行機です。
P3Cの大先輩といったところでしょうか。

2018年10月 7日 (日)

夜間戦闘機「月光」

Photo_2

月光の下描きができました。
月光は双発の夜間戦闘機です。
 
Irving(アーヴィング)は連合国が付与した
月光のコードネームです。
戦闘機の場合、原則男性名が、爆撃機の場合は
女性名が付与されます。
 
追伸
記事の誤りへのご指摘頂いた方、ありがとうございました。
ありがたいでのすが、無記名はご遠慮ください。 
詳しくは「コメントをくださる方へ」をお読みください。

秋水4色

秋水

秋水を描きました。夏コミで描いてくれと言ってくださった方、
描きましたよ!秋水です!シーズンの盛りですが梨とは無関係です。
ネーミングは日本刀「秋水」より取ったものです。
 
秋水は終戦の直前に離陸に成功した日本初のロケット戦闘機です。
以下の四色が考えられています。
 
真紅
文献『紫電改戦闘機隊サムライ戦記
角田高喜・堀知良・田中悦太郎ほか』によりますと・・・
国民の士気を高めるために重滑空機の塗装を
オレンジではなく真紅にすることが提案され、実現したと記されております。
 
篠原の想像と創作ですが、左上、真紅バージョンを描いてみました。
その右側が通常の暗緑色の実戦機となります。
 
暗緑色
そして下段が実在の機体。
 
黄色
黄色の試験機塗装が犬塚大尉の試製秋水。
終戦直前に離陸に成功しています。
燃料ポンプの不具合でバンクしたさいにノッキングを起しています。
 
黄緑色
黄緑色が三菱重工名古屋航空宇宙システム製作所史料室の
復元機になります。なお機体下部をジュラ地にしました。

2018年10月 2日 (火)

ヤスさんの誕生日会

豚さんのケーキ

今日は佐藤ヤスさんの誕生日会を
アトリエスタッフ一同で大開催致しました。
おめでとうヤスさん!

筑波海軍航空隊Tシャツ

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筑波海軍航空隊Tシャツを製作しました。
筑波海軍航空隊記念館において限定販売する予定であります。
今月中旬ごろ、ミュージアムショップに並びます。よろしくお願い致します。

2018年10月 1日 (月)

流星改

艦上攻撃機「流星」を描きました。
「流星(改)」とも呼びます。
 
愛知航空機はそれまでの主力だった彗星と天山、すなわち
艦爆・艦攻を統合し、急降下爆撃と雷撃が可能な艦上攻撃機を
開発しました。傑作機「流星」または「流星(改)の登場です。
 
彗星との馬力の違いを艦爆パイロットの小瀬本氏が書いていますので
一部を紹介します。大村と木更津の流星飛行隊は
艦爆・艦攻混成のパイロットから成りました。2018 スロットルレバーを徐々に前へ倒し全開にする。
乗機はスピードを増して滑走を始めた。
物凄いスピード感である。
飛行場の地面が矢のように走った途端サッと
飛ぶように後方へ流れ去る。
一瞬目が回るような錯覚に陥った。こんな現象は今まで何千回と
行う離陸操作では無かった事であった。
操縦桿を軽く引くと機は地面を蹴って
大空へ飛翔した。

脚が収まると、グーンと前方に引き付けられるように
スピードが増しぐんぐん上昇を続ける。
彗星より軽快に上昇。

彗星より遥かに操縦性能は優れていた。
 
『艦爆一代』より

2018年9月30日 (日)

二式大艇を描く

3

2

Photo

今日は二式大艇を描きました。
次いで戦艦大和と零戦を並べてみたところです。
大和はまだこれから描き込みます。

2018年9月28日 (金)

10月13日、真珠湾攻撃隊員の講演会

近現代史研究会(PANDA会)で
真珠湾攻撃隊員の吉岡正光さんの聴講会が行われます。
 
吉岡先生は御年100歳!
九七艦攻の偵察員で、真珠湾攻撃に参加されました。
真珠湾攻撃の搭乗員の方の講演会としては
最後の機会になるかもしれませんので
こちらで告知させて頂きました。
万障繰り合わせの上、ぜひご参加ください。 
 
日時は10月13日(土曜日)14時から17時。
場所は浅草です。
 
申し込み・問い合わせの方はこちらが
主宰者ページです。
http://www.panda1945.net/

2018年9月24日 (月)

『零式戦闘機の全て』デジタル素材頒布開始

零戦(ゼロ戦)フリー素材

「零式戦闘機の全て」デジタル素材集の頒布を開始しました。
商用利用OKです!
  
※イラスト・デザインは原則ベクターデータで
テキストのみラスタライズ埋め込みとなります。
 
https://booth.pm/ja/items/1021863

2018年9月21日 (金)

さくらちゃんその2

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筑波海軍航空隊記念館VR担当キャラクターの
さくらちゃんその2です。
 
今度の週末はぜひ筑波海軍航空隊記念館へお出かけください。
よろしくお願い致します。

2018年9月11日 (火)

大谷地下空間に存在した戦闘機「疾風」工場と秘密基地計画(宇都宮市)

宇都宮市の大谷地下空間(大谷資料館)と四式戦闘機「疾風」

昭和19年後半から終戦にかけて
宇都宮市の大谷・城山地区の採石場地下空間は、
世界でも例を見ない広大な地下飛行機工場として稼働していた。
 
この地下工場で製造されていたのは大東亜戦争後半に登場した
四式戦闘機「疾風」である。(▲写真は地下工場で製造された疾風の胴体)

   
◆四式戦闘機「疾風」とは
「疾風」は中島飛行機が開発・生産を行った
重戦闘機で、「隼」や「ゼロ戦」の倍近くのパワーを発揮し、
速度、運動性、武装と防備、航続距離など いずれも優れ、
昭和19年4月の正式採用後、 陸軍は最も重要な
航空機として位置付け、大戦における運命を託した。
 
こうして 日本国民の総力を注いで送り出された
「疾風」は終戦迄の短い期間におよそ3,500機が生産され
(紫電改は約400機)大陸戦線、ビルマ戦線、フィリピン戦線、
および本土防空戦において活躍。
戦局の悪化に伴う部品の品質低下により、充分な性能が
発揮できず、苦戦を強いられたが、敢闘し、多くの敵戦闘機やB-29を
撃墜、あるいは 特攻機として出撃、 御楯となり 南溟に散った。
 
戦後、「疾風」を接収した米軍は品質の良い高オクタン価の燃料と、
プラグ交換等の整備を施しテスト飛行させたところ、
高度6,096mにおいて687km/hを記録。
P-51Dを上回るスピードだったため、
日本戦闘機の最高傑作と評価した。
 
◆大谷地下工場概要
「疾風」の製造は
中島飛行機太田製作所と中島飛行機宇都宮製作所
(現・宇都宮市陽南のスバル工場)で行われていた。
太田製作所では多くの機種が生産ライン上にあったが
宇都宮製作所は「疾風」を専門に製造するための
工場として稼働していた。

中島飛行機宇都宮製作所に並ぶ四式戦「疾風」 
▲中島飛行機宇都宮製作所に並ぶ四式戦「疾風」
(現・宇都宮市陽南のスバル工場)

  
昭和19年後半に入ると、宇都宮製作所も空襲の
リスクが高まった為工場疎開が決定。疎開先に選ばれたのが
大谷・城山地区の採石場地下空間であった。
 
大谷地区の地下空間は
総床面積7,387平方メートルの地下建物が五棟、
これに加え、宿舎や食堂などその他設備の総床面積
103,968平方メートルの分散した
七棟の建物群から構成されていた。
 
地下空間に続く縦坑は上空から秘匿するため、覆いが設けられ
連絡用の斜坑が、海軍の設営隊によって新たに掘削された。
 
地下工場は最も浅い場所でも地下55メートルにあって、爆撃から
守られていたが、その存在が終戦まで知られることなく、爆撃目標に
なることは無かった。また、崩落事故も一度も無かった。
 
昭和20年3月頃より、宇都宮製作所の「疾風」機体組立生産ラインの全部と
武蔵野製作所のエンジン生産ラインの一部疎開が開始され
大谷では6月に最初のエンジンが製造された。
  
◆城山地下工場概要

城山地下工場は前述の大谷工場と連携して稼働した。
城山工場は19区画、総床面積197,508平方メートルの
計画のうち8区画101,232平方メートルが完成した。
この区画に宇都宮製作所の「疾風」生産ライン全てを移す
計画であったがスペース不足により
一部は宇都宮製作所に残されていた。
最大の作業空間は御止山工場と呼ばれる
31,768平方メートルの区画で
板金部品の製造が行われた。
 
◆宇都宮大空襲による影響
7月13日の未明、宇都宮上空にB-29の梯団133機が姿を現した。
このときの爆撃目標は中央小学校で、市街地の無差別爆撃を行った。

当初、最も狙われると予想された陽南の中島飛行機宇都宮製作所への爆撃は無く
ほとんど無傷の状態で稼働が継続された。
ただし、人的被害による影響で工員の出動率は低下した。

なお、航空機塗料の「黄緑第七号」であるが、塗装のノリが非常に悪かった。
戦後、残っていた塗料で犬小屋を塗ったという証言があるが、
一日立たず、剥がれてしまったという。
よって、宇都宮で製造された「疾風」は塗装を省略した全てジュラルミン剥き出しの
銀色をしていた。
 
◆地下工場の総員と勤務体制
 
地下工場を支える工員の総員は8月に最も多く、
軍人、常勤、学生等、合わせて5,702名が在籍し、
軍人と常勤者は一日10時間勤務の二交代制、
学生は一日10時間勤務で就労した。
 

宇都宮市の大谷地下空間(大谷資料館)と四式戦闘機「疾風」 
▲地下工場で製造された疾風の主翼
  

◆大谷・城山工場で完成した疾風
元工員の証言によれば大谷・城山工場で
「終戦までに疾風は2機が完成した」とされているが
2機分のユニットが大谷・城山から宇都宮製作所へ
陸送され、最終組み立てを
実施したと考えるのが妥当であろう。
 

本西小学校北端の滑走路より離陸する「疾風」 
▲岡本西小学校北端の滑走路より離陸する「疾風」(想像図)

 
◆秘密飛行場計画
地下工場からロールアウト(完成)した「疾風」を直接発進させる計画が存在した。
この秘密飛行場計画は、現・国本西小学校を北端にして
国道293号線沿いを南側に向かって離陸専用の滑走路を敷設。離陸した「疾風」は一旦
清原飛行場に着陸し最終艤装を行ったのち前線へ送られる。この計画は、
滑走路要地に杭打ちを行ったところで終戦となったが、
将来的には、決戦に備えて、地下工場と飛行場を合わせた大規模な
秘密航空基地として運用されたであろうと想像できる。
 
出典

米国戦略爆撃調査団報告書(太平洋戦争)第15巻 経済分野の調査、航空機部門
「日本の航空機工業」(第15巻)
第1部 中島飛行機会社の地下工場
 
US. National Archives and Records Administration

2018年8月18日 (土)

筑波海軍航空隊記念館キャラクターさくらちゃん

1

筑波海軍航空隊記念館キャラクターでVR担当のさくらちゃん。
公式の立ちパネルを参考に空のカケラスタッフが描きました。
声優さんは櫻川めぐ。

記念館には三機の零式練戦があり、さくらちゃんが後席に乗って
操縦をサポートします。戦艦大和の艦橋ギリギリを飛行したり、
大迫力です。今度の休日にはぜひ筑波海軍航空隊記念館へ。

2018年7月22日 (日)

空中戦艦「富嶽」

空中戦艦「富嶽」

若干アレンジしましたが、念願だった富嶽を描き上げました。
これも載せようか検討中です。

2018年7月16日 (月)

戦時における女性労働力

戦時における女性労働力
戦時中の日本を象徴し、広く定着してしいるのが
「女学生まで動員して飛行機を作らせた」
と云われるエピソードである。
 
その事実に変わりはなく、確かに16、17歳の今でいう
女子高生くらいの年頃の非熟練工員が女子挺身隊という名で
飛行機工場で働いていた。
 
「飛行機工場で働かされた女学生はかわいそうだった」
「女が作った部品だったから飛行機が故障したのだ」
というのが定説になりつつある。
 
これではあまりにひどい。それこそかわいそうだ。
 
英国の戦時における女性労働力
少し、着眼点を変えることにする。実はイギリスでも同様だった。
しかも、女子労働者は日本より多く、工員全体の三分の一にものぼっていた。
当時、世界中に植民地を持つあの大英帝国が、である。
  
レシプロ戦闘機最高傑作と云われるP-51、スピットファイアに搭載された
エンジンはイギリス、ロールス・ロイス社のマーリンエンジンである。
 
第二次大戦中におけるロールス・ロイスはほぼマーリンエンジンに絞り込んで
大幅な増産化に成功しており、品質も高水準を保っていた。
英国主力のダービー工場と、米パッカード社でライセンス生産された
エンジンの台数を含めると終戦までに十五、六万台を生産している。
※1
 
あれもこれも、と、たくさんの種類のエンジンを作っていた中島飛行機と
ここで既に大きな差がついている。中島飛行機はボア(シリンダーの直径)
の種類だけでも10種類もある。
 
ロールス・ロイスでは中島飛行機同様、
工場に非熟練作業者が大人数投入された。
※2
   
にもかかわらず、「疾風」「紫電改」の誉エンジンよりも
超精度のマーリンエンジンの品質は落ちず、順調に生産を続けた。
 
ロールス・ロイスでは開戦前より
測定用の標準ゲージを導入採用したり
大量生産向けに工作機械を自動化あるいは半自動化したりして
未熟練作業者や女子労働者が操作しても部品の精度が確保できる仕組みが
完成していた。熟練工を監督官として適切に配置し
部品の完成後は、品質管理が徹底され、必ず検査を行い
合格した部品のみを出荷した。
品質管理を行う従業員が全労働者の一割も占める五千人もいたのである。

一見すると、大英帝国ゆえの産業力と思われがちだが、
これはシステムの違いである。
大局的観点からすれば、飛行機が故障して
墜落するより合理的であるに違いない。
  
日本の女子挺身隊
話を日本に戻す。
中島飛行機からは熟練工まで次々召集されていった。大和魂という名の
精神力は元来素晴らしいものだが、それのみに頼る生産方法は、合理的でない。
疾風、紫電改搭載の「誉」エンジンも品質管理を徹底し
本来の馬力を発揮できれば、米英の戦闘機と充分に対峙できた名機であった筈だ。
 
当時、流行った戦意高揚のキャッチコピーが
「僕は操縦、君は生産」である。
 
元来、女性は男より辛抱強く、手先が器用である。
イギリスが出来て日本が出来ない事はない。条件が悪すぎただけだ。
だから、日本の女子挺身隊とは、最も優秀で、前線の兵士と同じく
最大の敬意を持って、誇りの対象としてありたいと願う。
 
女子挺身隊を「かわいそうな」だけでなく
「最も頑張った」後方支援部隊として顕彰したい。
 
※1出典
『悲劇の発動機「誉」』前間考則著
298頁より
 
※2
これは英国が戦前より女性を労働者として積極的に
採用していたという前提がある。来たるべき戦争の
準備を着々進めていた。

2018年7月12日 (木)

飛燕を描く

飛燕(各務原航空宇宙博物館)

各務原(かかみがはら)航空宇宙博物館様とご縁があり
急ぎ、描いています。キャプションにも熱が入ります。
特に飛燕初陣となる78戦隊の、ラバウル展開では、
陸軍戦闘機では初となる太平洋を一気に飛行するなど、
涙ぐましい努力がありました。一部は最大の特徴である
DB-601エンジンをスケルトンで描いています。

2018年7月 8日 (日)

パラオ・ゼロファイタープロジェクト(続)

P5310085

パラオに100枚寄付させて頂きましたゼロ戦Tシャツですが
お陰様で現地で大人気であります!
ご寄付を頂いた個人様、企業様に厚く御礼申し上げます。 

少しデザインを変更して第二弾を検討中です。
今後ともよろしくお願いします。

2018年6月23日 (土)

紫電改1/1原寸大レプリカ

紫電改1/1原寸大レプリカ

紫電改1/1原寸大レプリカ

紫電改1/1原寸大レプリカ

紫電改1/1原寸大レプリカ"

紫電改1/1原寸大レプリカ

 
小美玉市で製作中の1/1紫電改レプリカ機を視察に行ってきました。
こちらの紫電改は加西市が1500万円で発注し、
完成後は加西市鶉野にある鶉野ミュージアム(仮称)に
展示されるそうです。
 
この紫電改は予科練平和記念館の
零戦21型を製作した業者さんが作っております。

2018年6月16日 (土)

戦場にかける橋

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締切ギリギリで仕事を終わらせるのですが
実は遊ぶのが忙しくてギリギリになりました、なんて言えない。
「篠原さん、ブログを見ています」と言われるとドキっとする。
 
私は、キャプテンハーロックのキャラクター
ヤッタラン副長が好きです。
 
で、その遊びですが、D-51と零戦と木橋。
2ミリ角の棒を買ってきて、接着剤で一本ずつ組み上げていきました。
ちょうどマッチ棒くらいの太さです。
寝る前に少しずつ作業して、いい具合に眠くなってくる。
そんなことを繰り返して一週間で組み上げました。 
 
D-51はKATOの1/150で零戦は1/144の
ウイングクラブコレクションのものを超音波カッターで
切って格納状態に。ライケンとグリーンパウダーで
ジオラマにして完成であります。
一応、Nゲージのレールが乗るように設計しました。
 
完成して写真を撮ったので
欲しい方、送料負担のみで差し上げます。

2018年6月14日 (木)

陸軍飛行戦隊全部描いた

Hikousentai 
陸軍飛行戦隊の部隊概要と
イラスト、全部描上げました。
陸軍飛行戦隊は第1戦隊から第248戦隊までありますが
欠番等あるので、総数100ほどになります。
 
イラストだけでなく、部隊史とキャプション(説明書き)も
簡単に書こうと思ったのですが、思った以上に熱が入ってしまい
長く書いてしまい、時間がかかっています。
 
次は教導飛行師団と独立飛行中隊、錬成飛行隊に着手します。
夏コミまでには気合で完成させます。
   
陸軍飛行戦隊一覧

2018年6月 3日 (日)

筑波海軍航空隊記念館リニューアル準備

Dscn1874
オープンギリギリまで作業し、徹夜での作業となりました。
  
二式大艇のエンジンをジャッキで持ち上げて動かしたり、
貴重なものを触らせて頂きました。
 
ぜひ、新しくなった記念館へお越しください。とても綺麗で空調完備。
展示も見やすくなりました。
 

Dscn1872 

Dscn1810

Dscn1811

Dscn1808 
こちらは休館に残された1/48模型の数々。海軍機全て揃ってます。
これを展示するスペースがないので、数機のみ、新館へ移動しました。

筑波海軍航空隊記念館 さくらちゃん

筑波海軍航空隊さくらと蒼空はるか

筑波海軍航空隊さくらと蒼空はるか

筑波海軍航空隊記念館VR担当のさくらちゃんです。
リニューアルの目玉である、VR動画セットが三基あり、
ゼロ戦で飛行している雰囲気をバーチャルリアリティ(VR)
360度視点で体感できます。戦艦大和の艦橋スレスレに飛行するシーンは圧巻!
 
こちらのナビゲーターを担当しているのが
筑波海軍航空隊記念館の新キャラさくらちゃんで、
担当の声優さんは櫻川めぐ(桜川めぐ)さんです。
 
蒼空はるかと並んで記念撮影してきました。

2018年5月18日 (金)

アクアジオラマベース

Imgp4731_2
アクアジオラマベースを量産中です。
これはカクテルグラスの中に砂浜を表現しました。
 
水位を低く設定してあるので、お客様が購入後、
ご自身がお持ちの好きな水上飛行機や船を浮かべて
透明シリコンを流し込むことでオリジナルが完成します。
海面はほとんど透明になりますから、二層に分けてあるのがコツです。
リアルで透明感の高い綺麗なジオラマが完成します。


1/144スケールに最適です。

Jp1


▲こちらは通常バージョンのアクアベースです。この状態で納品されます。
 
▼そのベースを使った完成品(作例)です。飛行機は1/144です。

Imgp4356_2

蒼空はるか(公式)オフィシャルサイト出来ました

蒼空はるか(公式)オフィシャルサイト出来ました。
こちらです。
 
よろしくお願い致します。
http://soranokakera.lekumo.biz/AozoraHaruka/蒼空はるか

ゼロ戦Tシャツ2018と疾風Tシャツ

814isna7wfl_ul1500_

ゼロ戦Tシャツの新しいバージョンが出来ました。
以前のデザインは複雑でマニアックすぎたのかなりシンプルになりました。
旧バージョンは在庫限りです。

81tanav9gl_ul1500_こちらの「疾風」Tシャツも新しくなりました。
飛行機でなく、好評だった背中ロゴをメインにしました。
いずれも空のカケラストアにて販売中です。
 
宣伝ばかりですみません!普通の記事も書いておりますので
今後ともよろしくお願い致します。

2018年4月 8日 (日)

紫電改Tシャツ通販終了

01_2お陰様で好評を頂いている紫電改Tシャツですが
このたび、通販での取り扱いを終了し、
(在庫限りで空のカケラストア通販は終了)
 
愛媛県愛南町、南レク内「紫電改展示館」のみでの販売と
させて頂きます。
 
日本で唯一の紫電改の本物が展示してある
愛媛県愛南町の紫電改展示館。松山から車で2時間半。
ここに足を運んでしか買えない、限定品。そういった品物を
ぜひ作りたいとずっと考えていました。
 
今後も紫電改展示館限定の商品ラインナップを増やして参ります。
(紫電改クリアファイルも販売中です)
 
少し遠いかもしれませんが、紫電改は一見の価値はあります。
とにかく、実際に行って、紫電改の本物をご覧になってください。
紫電改展示館を、どうぞよろしくお願い致します。

2018年3月31日 (土)

散る桜 残る桜も 散る桜

2_2

神雷部隊の離陸を描きました。

2018年3月 8日 (木)

蒼空はるか 3月18日 TAKE OFF

蒼空はるか

『蒼空はるか』は
栃木県宇都宮市を舞台とした佐藤ヤス作画・篠原直人原案の
創作漫画です。町の活性化と航空機産業の発展を後押しするべく
非営利で行っております創作活動です。魅力的な街と、飛行機と、
個性的なキャラクターが大活躍します。
 
漫画:佐藤ヤス / 原案・航空機監修:篠原直人 /
 
3月18日、第一話を
こちらのページから無料配信致します。
どうぞよろしくお願い致します。
 
3月18日午前11時より配信します。
こちらをクリックして
閲覧画面へ進んでください。

Aa
 
episode♯1

偶然発見した裏山の洞窟。そこに眠っていたのは70年前に
隠された四式戦闘機「疾風」だった。彼女たちは機体が再び大空を
舞う日を夢見て修復を開始する。
 
登場キャラクター
・蒼空はるか
底抜けに明るくて元気。好奇心旺盛な女の子。
細かいことは気にしないタイプ。
父は自衛隊で大型ヘリのパイロットを務めている。
父の話を聞いていつか大空を飛びたいと夢見ている。
運動神経抜群。
 
・氏家さくら
名家のお嬢様。引っ込み思案な性格。
物怖じしないはるかに振り回されつつも
憧れている。
 
・市貝みさき
機械オタク。特に航空・宇宙分野に長けている。
クラスでは浮いた存在で、友達がいないが
本人は全く気にしていない。
 
・渡良瀬あやか
はるかの親友。しっかり者。
 
・壬生つばさ
学校内でも謎の存在。
 
2018年3月18日 TAKE OFF !

2018年1月19日 (金)

中島又雄中尉機(零戦52型丙)

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Imgp3169 
ハセガワ 1/32零戦52型丙
鳴尾の第332海軍航空隊の邀撃機です。
中島又雄中尉機(聞き取りによる推測)としました。

2018年1月17日 (水)

錬成飛行隊

Rensei1

第1錬成飛行隊/戦闘機隊(紺第520)
使用機種 一式戦闘機(隼)、四式戦闘機(疾風)
 
昭和19年7月31日相模において編成。
一式戦、四式戦により錬成教育を実施

 
◆歴代飛行隊長
内徳隆幸少佐、江原英雄少佐
 
-------------
第2錬成飛行隊/戦闘機隊(宙第521)
使用機種 一式戦闘機(隼)
 
昭和19年7月22日、京城において編成。
一式戦により錬成教育を実施。
20年5月27日水原飛行場に移駐
 
◆歴代飛行隊長
高梨辰夫少佐、泊重愛少佐、渥美二郎少佐
 ------------
第3錬成飛行隊/戦闘機隊(誠第522)
使用機種 二式複座戦闘機(屠龍)
 
昭和19年4月28日、滋賀県八日市において編成
6月15日八日市出発、6月24日台中着。
7月20日台中出発桃園着。二式複戦により特操第一期生の錬成教育を実施。
10月10日~10月17日間台湾並びに南西諸島に於ける防衛戦闘に参加。
12月23日転地訓練のため桃園出発同日彰化着。
20年5月21日桃園着20年3月26日~6月20日台湾並びに南西諸島に於ける天号航空作戦参加
 
◆歴代飛行隊長
山下美明少佐、杉本明少佐、永岡良一少佐
------------
第4錬成飛行隊/戦闘機隊(羽第16634)
一式戦闘機(隼)
 
昭和19年、5月30日新京にて編成。
19年6月15日新京出発6月18日三江省佳木斯着第七、八、九幹部候補生(転科)
特別操縦見習士官第一期生等を一式戦により錬成教育を実施。

一部は9月18日浜江省平房着10月20日深井子に移駐、11月末北飛行場移駐、
12月4日特別攻撃隊玄武隊編成出陣。

20年3月一部原隊より佳木斯に分遣。20年6月分遣隊佳木斯より老連に移駐
奉天に移動中、一部ハルピンにおいて終戦。主力は終戦と同時に
奉集堡に集合。隊長、林少佐以下要員三百名は捕虜でなく
軍人として処遇され、中国共産党軍が選抜した中国軍人に操縦、整備の教育を
牡丹江周辺にて実施。中国共産党空軍の発展に寄与。
 
◆歴代飛行隊長
石川貫之少佐、林弥一郎少佐
----------
第5錬成飛行隊/戦闘機隊(隼第16635)
使用機種 一式戦闘機(隼)、九七式戦闘機、三式戦闘機(飛燕)
九八式直接協同偵察機、九九式軍偵察機

 
19年5月編成。6月26日空中部隊主力孫家飛行場出発6月27日南京大校飛行場着。
7月下旬一部を抗州飛行場に派遣、教育の準備。
9月下旬南京本隊に復帰、10月上旬一部を徐州に派遣。
20年1月26日徐州派遣隊は西郊派遣隊となる。
1月30日西郊派遣隊は南苑に到着。2月1日主力河北省揚村に到着
◆歴代飛行隊長
野口伍郎少佐、杉本明少佐
--------------------
 
第6錬成飛行隊/司偵隊(空第523)
百式司令部偵察機(新司偵)
 
昭和19年7月31日兵庫県三木にて編成。錬成実施。

◆歴代飛行隊長
羽根俊平少佐、角田雄三少佐
-------------------
 第7錬成飛行隊/司偵隊(昭第18432)
使用機種 九七式戦闘機、九八式直接協同偵察機、三式戦闘機(飛燕)、九九式襲撃機

19年6月台湾屏東において編成。7月14日高雄出発7月19日マニラ上陸デルカルメンに展開。
9月21日マニラクラークフィールド上空戦闘に参加。
10月17日マニラ港出発11月3日シンガポール上陸。ビルマタボイ飛行場に展開。
20年5月20日飛燕戦闘隊編成に着手、スマトラ島パレンバンに於て編成完結
 
◆歴代飛行隊長

内田源次郎大尉(戦死)、近藤明邦少佐
---------------
第8錬成飛行隊/戦闘機隊(昭第18433)
使用機種 四式戦闘機(疾風)
 
昭和19年5月31日会寧において編成。8月シンガポールに移駐。
9月23日佛印サイゴンに移駐。20年1月13日第五飛行師団指揮下に入る。
8月1日サイゴンにて高戦闘隊編成。8月8日コンポンクーナンに移駐、
同地区にて反攻邀撃々破作戦に従事
◆歴代飛行隊長
中野猪之八少佐、仲光博文少佐

-------------------
第9錬成飛行隊/戦闘機隊(富第11080)
使用機種 一式戦闘機三型(隼)

19年ビルマ、メイクテイラにおいて編成
6月9日メイクテイラ出発、シンガポール経由7月スマトラ島ラハト着。

7月10日~12月15日同地に於て、反攻邀撃作戦に参加。錬成教育に従事。
20年1月25日パレンバン英機動部隊来襲邀撃戦闘。
5月28日ラハト発パレンバン着
◆歴代飛行隊長
勝村五郎少佐(戦死)、高野国彦少佐
-------------
第10錬成飛行隊/戦闘機隊(空第524)
使用機種 四式戦闘機(疾風)、一式戦闘機三型(隼)

19年11月30日京都府由良において編成。
錬成教育を実施。併せて京阪神地区防空哨戒に従事

◆歴代飛行隊長
三宅輝彦少佐、奥山清蔵中佐
---------------
第11錬成飛行隊
使用機種 三式戦闘機(飛燕)
 
昭和19年11月30日、目達原において編成。
特別操縦見習士官の錬成教育。

特別攻撃隊を編成、並びに北九州八幡地区防空哨戒に従事
◆歴代飛行隊長
山口栄少佐成飛行隊/戦闘機隊(空第525)
---------------
第12錬成飛行隊/戦闘機隊(宙第526)
使用機種 二式複座戦闘機(屠龍)、一式双発高等練習機
 
19年京城金浦において編成。10月9日群山に移駐、錬成教育を実施。

20年5月15日群山出発。5月17日新義州着、錬成教育
◆歴代飛行隊長
三浦敏威少佐、中井清少佐、田中芳蔵少佐
--------------
第13錬成飛行隊/戦闘機隊(羽第16663)
使用機種 一式戦闘機(隼)、四式戦闘機(疾風)
19年9月15日満洲公主嶺において編成。11月10日一部新京に移駐、20年
4月5日主力新京に移駐。
錬成操縦訓練を実施。
7月20日主力公主嶺に移駐、一部孤店子に展開。
8月9日出動準備。20年8月10日空中勤務者を含む百数十名開原に移駐、
8月12日興安南省五叉溝方面に攻撃。8月13日トウ南にて戦車部隊を攻撃。
8月14日老爺廟および白城子北方にソ連機械化部隊攻撃のため進撃
◆歴代飛行隊長
田口長蔵少佐、大高勲少佐
---------------
 第14錬成飛行隊/戦闘機隊(羽第16664)
使用機種 一式戦闘機(隼)
  
19年8月20日満洲龍江省衛門屯において編成。
◆歴代飛行隊長

野口久七少佐
-------------
第15錬成飛行隊/司偵隊(昭第11092)
一式双発高等練習機、百式司令部偵察機(新司偵)

19年11月30日マレークアラルンプールにおいて編成着手。
スマトラ島クアラに移駐編成完結。

錬成教育実施並びに英機動部隊の海上捜索警戒に任ず
◆歴代飛行隊長
佐藤繁雄少佐
------------
第16錬成飛行隊/(富第11095)
使用機種 不明
 
19年7月25日シンガポールにおいて編成。
  
◆歴代飛行隊長
佐々木茂少佐
------------
第17錬成飛行隊/戦闘機隊(昭第11093)
使用機種 一式戦闘機(隼)、三式戦闘機(飛燕)
 
19年10月3日、シンガポールにおいて編成。
特別操縦見習士官錬成教育の実施と共に警備に任ず。

12月21日ボルネオ島ミリ上陸、同地の防衛に従事。
20年3月1日ミリ出発3月12日シンガポール上陸同地の防衛に従事
◆歴代飛行隊長
榊政行少佐、井上重俊少佐
-------------
 第18錬成飛行隊/戦闘機隊(昭第11094)
 使用機種 三式戦闘機(飛燕)
 
19年10月30日ジャワ島バンドンにおいて編成。
20年4月スマトラ島パレンバンに移駐。
5月25日第七錬成飛行隊と共に飛燕戦闘隊を編成、
パレンバンの防空に任ず

◆歴代飛行隊長
原強少佐、山下一助少佐、近藤明邦少佐
--------------
第19錬成飛行隊/戦闘機隊(隼第17327)
使用機種 一式戦闘機(隼)
 
昭和19年10月7日河北省南苑において編成
10月2日河北省唐山に前進。同地附近警備勤務並びに要員教育に従事。

10月14日~20年2月3日大場鎮派遣隊を編成。
19年12月1日~20年8月14日錬成教育を実施
◆歴代飛行隊長
下村義雄少佐
------------
 
第22錬成飛行隊/戦闘機隊(羽第16664)
使用機種一式戦闘機(隼)
 
19年8月20日龍江省衛門屯において編成第十四錬成飛行隊を改編。

0月3日公主嶺に移駐、11月5日本隊三十里堡移駐、分屯隊奉天省熊岳城に移駐、20年7月20日綏化へ移動、本隊分屯隊合流。
20年8月10日綏化より東豊に移駐。8月13日四平へ移駐
◆歴代飛行隊長
野口久七少佐、笠村諭少佐
------------
第23錬成飛行隊/襲撃機隊(宙第527)
使用機種 九九式軍偵察機
 
昭和20年1月31日平壌において編成
第十三教育飛行隊を改編。錬成教育を実施

◆歴代飛行隊長
西ヶ谷武夫少佐
--------------
第24錬成飛行隊/重爆機隊(空第528)
使用機種 不明 
 
19年12月31日
浜松において編成。第五教育飛行隊を改編。
熊谷稜威原飛行場に移駐。重爆の錬成教育を実施
◆歴代飛行隊長
大島良三少佐、桑原七郎少佐

 -------------
第25錬成飛行隊/重爆機隊(宙第529)
使用機種 不明
 
19年12月27日咸鏡南道宜徳において編成。
第五教育飛行隊を改編。熊谷稜威原飛行場に移駐。
重爆の錬成教育を実施

◆歴代飛行隊長
大島良三少佐、桑原七郎少佐
-------------
第26錬成飛行隊/戦闘機隊(富第11097)
使用機種 不明

20年2月28日
ジャワ島マランにおいて編成
  
◆歴代飛行隊長
不明 

-----------
第27錬成飛行隊/襲撃機隊(昭第11098)

使用機種 不明

昭和20年2月28日、
マライケダー州ケチルにおいて編成。
◆歴代飛行隊長
不明 

-----------
第28錬成飛行隊/重爆機隊(昭第11099)

使用機種 不明
 
20年2月25日
マレーイポイにおいて編成。
◆歴代飛行隊長
不明 
 
以上

独立飛行中隊一覧データベース

独立飛行第1中隊(あきつ丸)/対潜哨戒飛行隊
◆使用機種
九九式軍偵察機、三式連絡機
 
◆部隊史
三式連絡機8機をもって陸軍はじめての
航空母船あきつ丸を母船とし、朝鮮地域において
主として関釜連絡航路の対潜哨戒を実施。
 
◆編成/昭和19年7月20日海雲台
◆復帰/昭和20年8月15日、海雲台
 
◆歴代中隊長
神谷正男少佐
 
船舶飛行第2中隊/対潜哨戒飛行隊
◆使用機種
カ号観測機
 
陸海軍史上初となるオートジャイロ部隊。
航空母船あきつ丸での運用試験実施後
壱岐筒城浜飛行場
 
◆編成/昭和19年10月広島市宇品
◆復帰/石川県七尾において終戦
 
独立飛行第3中隊/戦闘機隊
◆使用機種
甲式四型戦闘機(ニューポール・ドラージュ NiD 29)
 
◆部隊史
飛行第四連隊で編成、第一次上海事変に派遣
 
◆編成/昭和7年2月
◆復帰/大刀洗昭和7年5月、事変終結により帰還
 
◆歴代中隊長
神谷正男少佐
 
独立飛行第3中隊/重爆撃機隊
◆使用機種
九八式軽爆撃機、イ式重爆撃機(フィアットBR.20)
 
◆部隊史
飛行第七連隊にて編成。天津旧飛行場に前進。
第一飛行団長の指揮下に入り、昭和12年9月の第一軍の
京漢鉄道沿線および山西省の作戦に協力。昭和13年はじめ
伊式重に機種改編。昭和13年8月15日、飛行第98戦隊に改編。
 
◆編成/昭和12年7月8日浜松
◆復帰/昭和13年8月15日、王賓飛行場
  
◆歴代中隊長
島谷亭大尉 
 
独立飛行第4中隊/偵察機隊(満洲第691)
使用機種 
九四式偵察機
 
◆部隊史
飛行第四連隊第一中隊を基幹として編成。12年7月27日天津に前進、
平津地区の戦闘に協力。滄州、保定、石家荘、徳州、済南に移動地上作戦に協力。
12年8月27日北京に移駐。永定河右岸地区の戦闘、山西省広靈の戦闘に参加。
其の後上海、南京方面に参戦常に地上兵団の耳目として活躍
 
編成/昭和12年7月15日大刀洗
復帰/昭和13年7月27日、安慶
 
◆歴代中隊長
神崎清大尉、田中正藏大尉
 
独立飛行第6中隊/偵察機隊
◆使用機種
九四式偵察機
 
◆部隊史
飛行第四連隊第二中隊を基幹として編成。
12年7月27日天津に移駐。平津地区の地上作戦に協力。
12年8月15日上海派遣軍に編入。
12年9月1日上海に移駐。第十軍の上陸後、
進撃開始と共に敵の退却部隊の捜索と爆弾による攻撃を徹底して行い、
第十軍司令官より感状を授与
 
◆編成/昭和12年7月23日大刀洗
◆復帰/昭和13年7月27日、安慶
 
◆歴代中隊長
河村考三郎大尉、押目音次郎大尉
 
独立飛行第7中隊/偵察機隊
◆使用機種 
乙式一型偵察機(サルムソン 2)
 
◆部隊史
飛行第四連隊より編成
2年5月18日天津に派遣(山東出兵)
2年10月済南に移動
 
◆編成/昭和2年5月17日大刀洗
◆復帰/昭和4年5月17日原隊復帰
 
◆歴代中隊長
川添長太郎少佐
  
独立飛行第8中隊/偵察機隊
◆使用機種
乙式一型偵察機(サルムソン 2)、八八式偵察機
 
◆部隊史
飛行第六連隊より乙式一型、四機。八八偵、二機で編成。
関東軍司令官の指揮下に入り、奉天に前進、地上部隊の戦闘に協力。
6年11月11日平壌に帰還
 
◆編成/昭和6年9月19日平壌
◆復帰/昭和8年6月17日、平壌
 
◆歴代中隊長
平田辰男少佐
 
独立飛行第9中隊/偵察機隊
◆使用機種 
八八式偵察機
 
◆部隊史
6年10月15日満州派遣
 
編成/昭和6年9月19日承徳
復帰/昭和8年6月17日関東軍
飛行隊飛行第10大隊に編入
  
独立飛行第9中隊/戦闘機隊
◆使用機種
九五式戦闘機
 
◆部隊史
飛行第六連隊第一中隊にて九五戦十二機で編成。承徳に前進、
南口の守備隊が敵の増強により孤立し、
輸送機三十機による空輸挺身により敵の後方に当隊の
掩護の下に強硬着陸、南口の危機は回避された。
12年10月第二軍の石家荘作戦、更に第一軍の山西作戦に協力
 
◆編成/昭和12年7月 平壌
◆復帰/昭和14年2月、彰徳
 
◆歴代中隊長
鈴木五郎大尉
 
独立飛行第10中隊/戦闘機隊
◆使用機種
甲式四型戦闘機(ニューポール・ドラージュ NiD 29)
 
◆部隊史
甲式四型戦闘機八機で飛行第六連隊より編成。
関東軍司令官の指揮下に入り奉天に前進、
地上部隊の戦闘に参加。6年11月11日平壌に帰還
 
◆編成/昭和6年9月19日平壌
◆復帰/昭和8年6月17日関東軍飛行隊
飛行第11大隊第4中隊に編入
 
◆ 歴代中隊長
花沢喜美大尉
  
独立飛行第十中隊/戦闘機隊
◆使用機種
九五式戦闘機、九七式戦闘機、一式戦闘機(隼)
 
◆部隊史
九五戦十五機をもって飛行第八連隊にて編成。王賓飛行場に前進。
12年12月3日大校飛行場攻撃、イ十六・七機を撃墜。
13年4月徐州作戦協力。13年9月漢口攻略作戦協力。
14年12月第百号作戦(蘭州進攻)の為運城展開。
16年5月中原会戦協力。16年12月4日広東前進、
16年12月8日大東亜戦争の開戦の第一撃で香港飛行場を急襲し在地10数機を壊滅。
第二十三軍司令官より感状授与。
第一次第二次淅カン作戦に参加。17年1月5日第十四軍飛行隊の隷下
 
◆編成/昭和12年9月6日ヘイトウ
◆復帰/昭和17年10月20日、漢口
 
◆歴代中隊長
安部勇雄大尉、木村清大尉、渋谷民雄大尉(戦死)、高月光少佐、森正幹大尉
 
独立飛行第11中隊/爆撃機隊
◆使用機種
九三式軽爆撃機
 
◆部隊史

九三式軽爆撃機十機をもって飛行第八連隊より編成。
12年10月16日上海方面航空部隊増強のため王賓飛行場に前進、
第三飛行団長の指揮下に入る。
12年10月17日大場鎭の敵陣地に対する爆撃を開始。
12年12月3日南京進撃戦において大校飛行場を爆撃。
その後句容を経て上海に移駐
 

◆編成/昭和12年9月6日ヘイトウ
◆復帰/昭和13年7月27日、安慶
 
◆歴代中隊長
野中俊雄大尉、前島美佐男大尉
 
独立飛行第14中隊/戦闘機隊
◆使用機種
 
◆部隊史
飛行第八連隊より編成。天津附近に進出
 
◆編成/昭和12年7月屏東
 
◆歴代中隊長

独立飛行第15中隊 爆撃
◆使用機種
九三式重爆撃機、九七式重爆撃機
  
◆部隊史
飛行第十四連隊において、九三重六機で編成、
第三飛行団長の指揮下に入る。12年10月王賓飛行場に前進、
敵陣地を爆撃。第百一師団の大場鎭占領に寄与。
13年5月九七重に機種改編。13年8月敵航空兵力封殺のため
戦爆四十八機で運城より西安に進攻し飛行機軍事施設を破壊
 
◆編成/昭和12年9月28日嘉義
◆復帰/昭和13年8月15日、王賓
 
◆歴代中隊長
滝昇中佐、野本重男少佐

独立飛行第15中隊/戦闘機隊
◆使用機種
一式戦闘機(隼)、三式戦闘機(飛燕)
 
◆部隊史
沖縄において活躍
 
◆編成/昭和19年10月台中
 
◆歴代中隊長
 
独立飛行第十六中隊/司偵隊
◆使用機種
九七式偵察機 

◆部隊史
飛行第三大隊より編成。漢口攻略戦の第二軍に協力。
航空兵団長より感状を授与。14年5月南苑にて航空兵団直轄となり
奥地進攻のための偵察に従事。15年4月第三飛行集団司令部の
直轄として奥地の偵察に従事、第百一号作戦に寄与。
16年8月第百二号作戦にて四川省方面の敵情捜索遂行
  
◆編成/昭和13年8月1日
◆復帰/昭和16年9月20日、彰徳
 
◆歴代中隊長
衣川悦司大尉、竹下光彦大尉、大平英夫少佐
 
独立飛行第16中隊/司偵防空戦闘機隊(燕第18999)
◆使用機種
百式司令部偵察機(新司偵)、百式司令部偵察機改(百改)
 
◆部隊史
中部軍管区にて内地防空作戦に参加
 
◆編成/昭和19年7月30日大阪
◆復帰/昭和19年9月15日、児玉
 
◆歴代中隊長
武藤廣喜大尉

独立飛行第十七中隊/直協
◆使用機種
九二式偵察機、九八式直接協同偵察機
 
◆部隊史
飛行第三大隊より編成。漢口攻略戦に協力。
14年3月第三飛行団長の指揮下に入り、第十一軍の南昌作戦に協力
 
◆編成/昭和13年8月1日
◆復帰/昭和15年9月3日飛行第44戦隊に編入
  
◆歴代中隊長
釘宮清重大尉、河村宗彦大尉

独立飛行第17中隊/司偵防空戦闘機隊(帥第34214)
◆使用機種
百式司令部偵察機(新司偵)、百式司令部偵察機改(百改)
 
◆部隊史
東部軍管区内で内地防空作戦に参加

◆編成/昭和19年3月31日調布
◆復帰/昭和19年9月15日調布
 
◆歴代中隊長
北川禎佐大尉
  
独立飛行第18中隊/司偵防空戦闘機隊(隼第2383)
◆使用機種
九七式偵察機、百式司令部偵察機(新司偵)
  
◆部隊史
司偵としては最古参。13年3月?13年8月北支方面遠距離捜索。
13年9月-12月漢口攻略作戦協力戦略捜索。
13年12月第一飛行団長の指揮下に入り、奥地進攻のための偵察。
14年1月?2月奥地航空進攻作戦(重慶、蘭州)の捜索。
14年4月飛行第四十四戦隊に編入。15年9月再び独立飛行第十八中隊に復帰。
15年10月ハノイに移駐海軍航空隊のビルマ、ルート及び
昆明等奥地攻撃のための捜索に協力。
16年4月台湾を経て漢口に移駐重慶地区及び奥地飛行場群を捜索。
16年9月広東に前進桂林その他の飛行場群の攻撃。16年12月香港攻撃作戦。
17年3月ハノイに移駐、昆明等奥地飛行場群の捜索及び仏印作戦。
17年8月漢口に帰還。奥地進攻作戦(重慶衡陽零陵等)の攻撃に参加。
粤漢作戦のため漢口?広東間の航空写真撮影実施。感状四回受賞
 
◆編成/昭和13年2月中国
◆復帰/昭和19年10月31日漢口
 
◆歴代中隊長
古林忠一大尉、荒蒔義次大尉、片倉怒大尉、青木秀夫大尉、児玉眞一大尉
 
独立飛行第19中隊/司偵防空戦闘機隊(靖第21204)
◆使用機種
百式司令部偵察機(新司偵)、百式司令部偵察機改(百改)
 
◆部隊史
西部軍管区内の防空作戦に参加
 
◆編成/昭和19年7月30日小月
◆復帰/昭和19年9月15日、小月
 
◆歴代中隊長
自在丸庫一少佐
 
独立飛行第20中隊/輸送飛行隊(威第15382)
◆使用機種
百式輸送機(MC輸送機)
 
◆部隊史
18年6月23日新田原出発、ソロモン、ニューギニアを経て、
19年6月20日飛行第七師団長の隷下に入り主力はネグロス飛行場、
一部はアンボン島リアン飛行場に移駐。
12月25日バンバン、メナド、クラーク飛行場を経て
マニラ東飛行場に前進、ネグロス夜間空輸。
20年5月28日台湾、比島等を経てビナバック到着警備輸送に従事
  
◆編成/昭和18年5月15日
◆復帰/5月30日比島にて復帰
 
◆歴代中隊長
大石秀次大尉
 
独立飛行第23中隊/戦闘機隊(誠第41)
◆使用機種
三式戦闘機(飛燕)
 
◆部隊史
2月17日台湾ヘイ東に前進、要地防空と台湾及び南西諸島に於ける
防衛戦闘に参加。10月30日台中に移動要地防空。12月28日ヘイ東に
帰還要地防空。20年2月28日花蓮港に前進、台湾及び南西諸島に
おける天号作戦に参加、その後花蓮港において戦力回復
 
◆編成/昭和19年1月20日大刀洗
◆復帰/9月2日花連港にて停戦
 
◆歴代中隊長
馬場園房吉大尉
 
独立飛行第24中隊/戦闘機隊(誠第16500)
◆使用機種
一式戦闘機(隼)、三式戦闘機(飛燕)
 
◆部隊史
飛行第五十四戦隊第一中隊を基幹として編成。
19年3月1日パレンバンにて、防空任務に従事。
19年9月30日フィリピン転用ファブリカに進出、
船団掩護及防空に任ず。20年3月2日スマトラ島マナ、
タンジュンパト、ベトンに移駐。5月30日帰還。
7月17日台北経由宣蘭着
 
◆編成/昭和19年2月29日広東
◆復帰/8月15日宜蘭にて終戦
 
◆歴代中隊長
菊地幹二大尉(戦死)、岩本繁明大尉
 
独立飛行第25中隊/戦闘機隊(羽第16682)
◆使用機種
二式複座戦闘機改(屠龍)
 
◆部隊史
鞍山において南満防空に従事
20年8月5日一部を湯崗子羽攻撃飛行隊に派遣。
20年8月11日日ソ開戦熱河省林西方面敵機械化部隊攻撃。
20年8月15日ソ軍白城子トウ南方面戦車群攻撃
  
◆編成/昭和19年8月25日鞍山
◆昭和20年8月15日、終戦
 
◆歴代中隊長
永井要大尉、池田忠雄大尉、松本武夫大尉
 
独立飛行第31中隊/重爆隊(威第18902)
◆使用機種
九七式重爆撃機
  
◆部隊史
飛行第五十八戦隊の一中隊が航空通信学校で電探中隊に改編。
隊長以下五十名空中輸送にて南方移駐。
地上部隊は白石中尉以下百九名船舶輸送で移動。
19年11月3日比島バンバン結集。
20年1月14日空中部隊台湾前進、地上部隊北部ルソン移駐。
20年2月13日地上部隊ツゲガラオ到着。
20年3月10日第三十六航空地区司令部の指揮下に入る。
20年5月1日臨時歩兵第二十二大隊に編入
 
◆編成/(2)昭和19年6月20日水戸
◆昭和20年5月30日比島復帰
 
◆歴代中隊長
藤井一夫大尉
 
独立飛行第41中隊/襲撃・対潜哨戒機隊(誠第16683)
◆使用機種
九九式軍偵察機
  
◆部隊史
関東軍臨時襲撃中隊を改編。第五航空軍の指揮下に入る。
19年11月30日上海に前進、同地において東支那海の
対潜哨戒に参加。20年3月25日第十方面軍の指揮下に入り
台北に移駐その後台北、台南、宣蘭等において南西諸島の作戦に参加
 
◆編成/昭和19年8月20日満洲
◆復帰/9月2日宜蘭にて停戦
 
◆歴代中隊長
金子精一郎少佐
 
独立飛行第42中隊/対潜哨戒隊(誠第19104)
◆使用機種
九八式直接協同偵察機
 
◆部隊史
北部軍直協飛行隊を改編。
20年1月17日第五航空軍司令官の隷下に入る。
20年1月19日広東飛行場に前進、対潜哨戒の任務に従事。
20年3月27日第八飛行師団長の指揮下に入り、20年3月29日台北飛行場に前進、
同地において台湾及び南西諸島における天号航空作戦に参加
 
◆編成/昭和19年10月30日潮洲
◆復帰/8月15日、台北
 
◆歴代中隊長
森孜郎大尉
 
独立飛行第43中隊/対潜哨戒隊(誠第19108)
◆使用機種
九八式直接協同偵察機
  
◆部隊史
中部軍直協飛行隊を改編。同地において対潜哨戒に従事。
20年1月17日南支宝安に移駐。
20年3月27日沖縄天号航空作戦のため樹林口飛行場に前進(特攻及び特攻誘導)
20年5月27日宣蘭に移駐、同地において昭和20年第一期航空作戦に参加
 
◆編成/昭和19年10月30日恒春
◆復帰/8月15日、宜蘭
 
◆歴代中隊長
井出覚少佐
 
独立飛行第44中隊/対潜哨戒隊(冀/台第18970)
◆使用機種
九八式直接協同偵察機
 
◆部隊史
西部軍直協飛行隊を改編。
19年7月20日比島ニコラス海軍航空隊に移駐、
同地において第二飛行師団長の隷下にあって哨戒および
輸送船団の護衛に従事。
19年10月13日アパリ、マリキナを経て空中勤務者の
主力と地上整備員の一部がボルネオのアブアンに前進、
哨戒および輸送船団の護衛にあたる。20年5月30日現地復帰
 
◆編成/昭和19年6月10日郡山
◆復帰/昭和20年6月23日、ケニンゴー
 
◆歴代中隊長
塚田清大尉
 
独立飛行第45中隊/対潜哨戒隊(翼第18971)
◆使用機種
九八式直接協同偵察機、九九式軍偵察機
 
◆部隊史
朝鮮軍直協飛行隊を改編。
19年12月8日レイテ作戦に参加。20年1月戦闘激化により戦力低下。
20年2月戦力回復のため昭南に移動、残存空中勤務者は
特攻要員として内地帰還。20年3月在比部隊は米軍セブ島上陸に
伴い全機損害をうけ部隊人員は山嶽地帯に入り地上防衛戦闘に参加しつつ
自活活動に入る
 
◆編成/昭和19年10月20日比島
◆復帰/8月15日、比島にて終戦
 
◆歴代中隊長
永田輝雄少佐
 
独立飛行第46中隊/対潜哨戒隊(誠第19170)
◆使用機種
九八式直接協同偵察機
  
◆部隊史
東部軍直協飛行隊を改編。19年10月20日台湾に展開、
第八飛行師団長の隷下に入り、沖縄作戦を準備。
20年4月~6月特攻隊(赤心、武克飛行隊)として沖縄作戦に参加。
同作戦間部隊は大損害をうけ部隊総員百六十名中、
戦死百三十名、生死不明七名
 
◆編成/昭和19年10月20日東京
◆復帰/9月2日、台湾にて停戦
 
◆歴代中隊長
佐藤勇男大尉
 
独立飛行第47中隊/戦闘機隊
◆使用機種
一式戦闘機(隼)、二式単座戦闘機(鍾馗)、キ60(三機のみ試作)
 
◆部隊史
赤穂義士にあやかり命名され俗称空の新撰組といわれ
増加試作機(二式戦)の胴には山鹿流陣太鼓のマークを画く。
16年12月9年サイゴンに進出、第三飛行集団長の指揮下に入り
仏印、マレー、ビルマなど南方作戦に参加。
17年4月25日本土防空のため調布に帰還。柏に移駐
 
◆編成/昭和16年9月5日福生
◆復帰/昭和18年10月3日柏
 
◆歴代中隊長
坂川敏雄少佐、神保進大尉、貴島俊男大尉
  
独立飛行第47中隊/対潜哨戒隊(誠第9910)
◆使用機種
九九式軍偵察機
 
◆部隊史
第六直協飛行隊を改編。台湾主として台東にて
台湾及び南西諸島における作戦、特攻及び特攻機誘導、艦船攻撃に参加
 
◆編成/昭和19年10月20日台東
◆昭和20年8月15日、台東にて終戦
 
◆歴代中隊長
不明
  
独立飛行第48中隊/対潜哨戒隊(誠第9911)
◆使用機種
九九式軍偵察機

◆部隊史
第七直協飛行隊を改編。
20年3月26日~6月20日台湾及び南西諸島における
天号航空作戦、特攻及び特攻機誘導、艦船攻撃に参加。
8月6日台中に移駐、第八飛行師団より感状を授与
  
◆編成/昭和19年10月30日花連港
◆8月15日、台中にて終戦
 
◆歴代中隊長
高橋一茂大尉(戦死)、伊藤俊之助大尉、奥平正人大尉
 
独立飛行第49中隊/対潜哨戒隊(誠第9912)
◆使用機種
九九式軍偵察機
 
◆部隊史
第八直協飛行隊を改編。
20年3月26日~6月20日台湾及び南西諸島における天号航空作戦。
特攻及び特攻機誘導、艦船攻撃に参加、第八飛行士団長より感状を授与

◆編成/昭和19年10月30日台北
◆復帰/9月2日、台北にて停戦
 
◆歴代中隊長
永山菊次郎大尉(戦死)、鈴木信也大尉(戦死)、脇本末男中尉

独立飛行第50中隊/司偵隊(隼第8350)
◆使用機種
九七式司令部偵察機、百式司令部偵察機(新司偵)
 
◆部隊史
飛行第十五戦隊第一中隊より編成。
16年10月18日サイゴン展開、マレー半島隠密捜索。
11月下旬コンポントラッシュで第三飛行団長の指揮下に入り、
航空撃滅戦のための捜索。第二十五軍のマレー作戦に直接協力。
17年2月クルアンに展開、パレンバン空挺作戦更に
パレンバンに前進、ジャワ攻略作戦参加。
3月19日ミンガラドンに前進、ビルマ攻略作戦協力。
4月新京帰還、第二航空軍隷下に復帰。訓練及び特殊任務に服す
 
◆編成/昭和16年7月29日新京
◆復帰/昭和19年1月31日、新京
 
◆歴代中隊長
佐藤清彦大尉
 
独立飛行第51中隊/司偵隊隼第8351
◆使用機種
九七式司令部偵察機、百式司令部偵察機(新司偵)
 
◆部隊史
飛行第十五戦隊より編成。第二十五軍司令官の指揮下に入り、
ハノイ、サイゴンに進出、
南部仏印進駐作戦に参加。
16年8月11日広東移駐。タ号、キ号作戦に協力。
11月15日第七飛行団長の指揮下に入り、マレー方面の
高々度隠密写真撮影を行い南方作戦資料収集に大きく貢献。
11月27日根本中隊長は昆明に対する陽動作戦のための
先行偵察で未帰還。後任少佐大室孟(45)
12月10日プノンペン進出、第一撃の捜索ビルマ航空撃滅戦の捜索。
12月28日コタバル進出シンガポール航空撃滅戦のための捜索。
17年1月アエルタワル進出、シンガポール航空作戦、
要地攻撃、スマトラ攻略作戦協力。
3月ビルマ作戦のためランパン進出。4月23日新京帰還
 
◆編成/昭和16年7月29日広東
◆昭和19年1月31日、新京
 
◆歴代中隊長
根本正大尉(戦死)、大室孟少佐、佐藤繁雄大尉
 
独立飛行第52中隊/軍偵隊(威第10655)
◆使用機種
九九式軍偵察機
  
◆部隊史
教導飛行第二百六戦隊より編成。
16年11月第十独立飛行隊長の指揮下に入り
ヘイ東に展開
16年12月8日開戦と共に比島作戦参加。バンダイ、
カルメン、クラーク、マニラに移駐。
17年3月バタン、コレヒドール、セブ、パナイ、
ミンダナオ攻略作戦、全比島戡定作戦協力。
19年5月第四飛行師団の編組に入り、比島周辺海上護衛。
19年9月3日カロカンに移駐。富永第四航空軍司令官より賞詞を授与。
19年10月20日~20年1月10日捷一号作戦参加。
20年3月7日エチアゲにて臨時集成飛行隊を編成。
20年6月14日米軍の進入により残存した一機を台湾に向け飛行させ、
主力はピナパガンに後退、遊撃戦を展開
 
◆編成/昭和16年7月29日白城子
◆復帰/昭和20年9月16日、ヨネスにて解散
 
◆歴代中隊長
大森茂大尉、林靖博大尉(殉職)、手島丈夫大尉
 
独立飛行第53中隊/軍偵隊(翼)
◆使用機種
九九式軍偵察機
 
◆部隊史
衙門屯において教育訓練。
18年5月佳木斯(チャムス)に移駐
 
◆編成/昭和17年3月31日衙門屯
◆復帰/8月31日、佳木斯
 
◆歴代中隊長
鈴木剛一大尉
 
独立飛行第54中隊/直協隊(隼魁第8354)
◆使用機種
九八式直接協同偵察機
  
◆部隊史
教導飛行第二百六戦隊より編成
17年4月八面通移駐、満州各地において空地連合の演習と教育訓練を実施。
7月10日太原に移駐。北支方面軍司令官の指揮下に入り多くの地上作戦に協力。
駐蒙軍に協力し蒙古における対ソ作戦準備を行う。
19年5月漢口に転進、第十一軍の湘桂作戦その他の作戦に協力。
20年6月「と号」作戦。
20年8月9日飛行隊(中練)を配属され特攻訓練を行う。
20年8月13日ソ軍の不法侵入により張家口に展開、偵察と攻撃を行う
 
◆編成/昭和16年7月23日白城子
◆昭和20年8月15日、杭州にて終戦
 
◆歴代中隊長
芝田武治少佐、熊倉惨大尉、森川偉大尉、岡本良夫少佐
 
独立飛行第55中隊/司偵隊(隼第2386)
◆使用機種
九七式司令部偵察機、百式司令部偵察機(新司偵)
 
◆部隊史
第十五独立飛行隊において編成。
17年<2項より補足>8月25日南京に移駐。
第三飛行師団の指揮下に入り重慶進攻作戦のため作戦路の
写真撮影と捜索及び中南支敵航空状況監視の任に服す。
18年5月4日漢口に展開、第一飛行団長の指揮下に入り、
在支米空軍に対する航空作戦参加。
19年3月24日南京において戦力整備。
5月湘桂作戦に協力、敵状捜索及び監視に任ず
 
◆編成/昭和17年3月31日ドムアン
◆復帰/昭和19年10月31日、南京
  
◆歴代中隊長
石田芳郎大尉
  
独立飛行第63中隊/司偵隊(鷲)
◆使用機種
百式司令部偵察機(新司偵)
 
◆部隊史
飛行第二十八戦隊第二中隊より編成。
第二飛行師団の直轄として温春において解く主任務に服す
 
◆編成/昭和16年7月30日温春
◆復帰/昭和19年4月、温春
 
◆歴代中隊長
川村良吉大尉
 
独立飛行第66中隊/軍偵・対潜哨戒隊(靖第9171)
◆使用機種
九九式軍偵察機、九八式直接協同偵察機
 
◆部隊史
飛行第二十九戦隊第二中隊より編成。
16年<2項より補足>8月北支大原に移駐第三十五軍の鄭州攻略と
第一軍の山西省西辺地区撃滅戦に協力。
17年7月30日八面通に移駐。10月20日海林に移駐。
18年10月15日海浪に移駐。
各駐屯地において教育訓練。
20年2月3日海雲台に移駐、第二百六独立飛行隊の指揮下に
入り主として関釜連絡航路の哨戒に当る
 
◆編成/昭和16年7月29日連浦
◆復帰/昭和20年8月15日、海雲台
  
◆歴代中隊長
伊丹武雄大尉、青木正好大尉
   
独立飛行第70中隊/司偵隊(司第9641)
◆使用機種
九七式司令部偵察機、百式司令部偵察機(新司偵)
 

◆部隊史
飛行第十戦隊第一中隊より編成。
16年12月25日第十飛行団長の隷下に入り
仏印クラコールに前進、ビルマ方面の捜索に従事、同方面航空撃滅に貢献。
17年11月南太平洋方面に転用され濠北方面捜索に任ず。
18年12月ハルク島に移駐。19年10月セレベス島リンプンに移駐。
20年4月ジャワ島のマランに移駐、ホランジア以西の捜索とボルネオ周辺の哨海を担当
  
◆編成/昭和17年7月28日チチハル
◆復帰/昭和20年8月15日、ジャワにて終戦
  
◆歴代中隊長
大平忠夫大尉(戦死)、佐々木駿爾大尉(戦死)、市川蔵康少佐
 
独立飛行第71中隊/軍偵・戦闘機隊(誠第9180)

◆使用機種
九九式軍偵察機、一式戦闘機(隼)
 
◆部隊史
飛行第八十三戦隊第一中隊より編成。
16年12月~17年2月マレー半島。2月11日シンガポールの
敵軍に対し降伏勧告文を投下。
2月~11月ビルマ。11月~18年1月ジャワのチモール島。
2月~12月ビルマ各地で大東亜戦争に従事。
12月明野飛行学校において戦闘機に機種改変。
19年4月~20年6月北部スマトラ並びにアンダマン諸島の
防空任務に服す。
2月24日マレーのアロルスター飛行場に移駐、
同地において訓練警備。
6月30日本土作戦のため一式戦十三機で
整備員三十四名搭乗の九七重三機を護衛、台湾に移駐
 
◆編成/昭和16年7月29日海林
◆昭和20年8月15日、一部アロールスターにて終戦
 
◆歴代中隊長
西篤大尉、勝田悦男大尉、家田西行大尉、後藤芳夫大尉
 
独立飛行第73中隊/軍偵隊(司第9181)
◆使用機種
九七式軽爆撃機、九九式軍偵察機
 
◆部隊史
飛行第八十三戦隊第三中隊より編成。海林に於て警備並びに次期作戦準備。
大東亜戦争に参加し、マレー攻略作戦、ジャワ攻略作戦。
チモール島周辺の哨戒及船団掩護飛行場港湾設備偵察。
第二次濠洲進攻作戦セレベス島周辺の対潜哨戒及び船団掩護海上交通保護作戦。
比島捷号作戦などに参加。
19年8月独立飛行第八十二中隊の一部を編入。
20年2月ジャワ島に移駐、クレテンにて反攻邀撃々作戦に従事
 
◆編成/昭和16年7月29日海林
◆復帰/昭和20年9月2日、ジャワにて停戦
 
◆歴代中隊長
南隆耕大尉、島田三郎大尉(戦死)、春成兼正少佐
 
独立飛行第74中隊/直協・司偵隊(翔第9643)
◆使用機種
九八式直接協同偵察機、百式司令部偵察機(新司偵)
 
◆部隊史
飛行第十戦隊第三中隊より編成。
16年12月比島ピガンに前進、第十独立飛行隊長の
指揮下にて比島作戦に従事。
18年2月~5月八街において司偵に機種改変。
7月26日ニューギニア方面に移駐、同島周辺航空撃滅戦に参加。
其の後比島を経てパレンバンに展開。
20年4月高々度戦闘中隊編成。5月12日ゲルンバンに移駐
 
◆編成/昭和16年7月28日衙門屯
◆昭和20年8月15日、ゲルンバンにて終戦
 
◆歴代中隊長
調正三大尉、堀貞夫大尉(戦死)、角田雄三大尉、湯地定三大尉
 
独立飛行第76中隊/司偵隊(洋・高第9642)
◆使用機種
九七式司令部偵察機、百式司令部偵察機(新司偵)
 
◆部隊史
飛行第十戦隊より編成。
開戦と共に第五飛行集団長の隷下に入り比島カガヤン方面
クラーク地区の敵状及び気象状況を捜索し第十四軍主力の上陸作戦に協力。
17年10月南太平洋方面ラバウルに進出、ソロモン、ニューギニア方面の捜索に活躍
 
◆編成/昭和16年7月28日衙門屯
◆復帰/昭和18年6月10日、ラバウル
 
◆歴代中隊長
高田勝重大尉、桐田日出夫大尉(戦死)、篠原英夫大尉
 
独立飛行第81中隊/司偵隊
◆使用機種
百式司令部偵察機(新司偵)
 
◆部隊史
飛行第二十八戦隊第一中隊より編成、温春において教育訓練。
第六飛行師団に編入。18年8月ニューギニア、ウエワク中飛行場に
進出、連日にわたり捜索活動に従事。
同地に対する敵機の攻撃は日を追ってはげしく戦力は9月下旬零となった。
独立飛行第八十二中隊と交代し満州に帰還
 
◆編成/昭和16年7月30日温春
◆昭和19年4月、温春
 
◆歴代中隊長
森本三郎大尉(戦死)、斉藤三郎大尉
 
独立飛行第81中隊/司偵隊(羽第9162)
◆使用機種
百式司令部偵察機(新司偵)、二式複座戦闘機改(屠龍)
 
◆部隊史
19年7月30日鞍山飛行場に移駐、鞍山防空に従事。
20年6月20日奉天を経て新京に移駐。
7月20日対ソ戦準備のため臨時司偵隊を編入、
新京西飛行場において編成完結

◆編成/昭和19年4月1日温春
◆復帰/昭和20年8月15日、新京にて終戦
 
◆歴代中隊長
大和田進少佐
 
独立飛行第82中隊/軽爆隊
◆使用機種
九七式軽爆撃機、九九式双発軽爆撃機
 
◆部隊史
第二十一独立飛行隊の指揮下に入り広東地区で活躍
 
◆編成/昭和14年7月6日広東
◆復帰/昭和17年10月15日飛行第34戦隊に改編
 
◆歴代中隊長
岡田武夫大尉、鈴木秋水大尉、藤井辰次郎少佐
  
独立飛行第82中隊/司偵隊
◆使用機種
百式司令部偵察機(新司偵)
 
◆部隊史
第二十八独立飛行隊において編成、温春において教育訓練。
19年1月1日独立飛行第八十一中隊と交替し、ニューギニア、ホランジアに進出。
豪北方面の捜索任務に従事。5月1日ホランジア失陥により森玉飛行団長の
指揮の下、地上行軍により5月末、サルミに到着
 
◆編成/昭和17年12月温春
◆復帰/昭和19年10月29日内地帰還
 
◆歴代中隊長
不明
 
独立飛行第82中隊/司偵防空戦闘機隊(天鷲第19529)
◆使用機種
百式司令部偵察機(新司偵)、百式司令部偵察機改(百改) 
 
◆部隊史
大阪を主活動地域とし高々度戦闘に従事
 
◆編成/昭和20年2月25日大正
◆復帰/昭和20年8月10日第28独立飛行隊に編入
 
◆歴代中隊長
成田冨三大尉
 
独立飛行第83中隊/軍偵隊(天風第19530)
◆使用機種
九九式軍偵察機甲型、九八式軽爆撃機
 
◆部隊史
14年9月より中国全土にわたり多くの飛行場において各種作戦に参加。
18年5月南方ウエワクに移駐、第六飛行師団長の指揮下にて
第一線協力、高級ブインの空輸、指揮連絡、敵の軍事施設、
飛行場、上陸基地の攻撃を行う。
11月主力ラバウルに前進。
19年8月一部は独立飛行第七十三中隊に転属
 
◆編成/昭和14年8月1日彰徳
◆復帰/昭和19年7月25日、現地復帰
 
独立飛行第83中隊/司偵防空戦闘機隊
◆使用機種
百式司令部偵察機(新司偵)、百式司令部偵察機改(百改)
  

◆部隊史
内地を主活動地域として高々度戦闘実施
 
◆編成/昭和20年2月25日
◆復帰/昭和20年7月30日
 
◆歴代中隊長
不明
  
独立飛行第84中隊/戦闘機隊
◆使用機種
九七式戦闘機、二式複座戦闘機(屠龍)
 
◆部隊史
第二十一独立飛行隊の指揮下に入り広東地区の防空に任じ
翁英作戦、南寧作戦、賓陽会戦に於て地上兵団に協力。
北部仏印進駐と共にハノイに前進。
16年7月南部仏印進駐と共にサイゴンに移動。
12月ナトランに移駐、上陸船団掩護。
17年1月二式複戦に機種改変。4月一部を
マニラに派遣、比島防空、上陸掩護等の任務に従事。
6月広東に移動、桂林進攻
 
◆編成/昭和14年7月6日広東
◆昭和17年10月20日、ハノイ
 
◆歴代中隊長
原弥治大尉、長野綱男少佐
 
独立飛行第84中隊/戦闘機隊(翔)
◆使用機種
不明
 
◆部隊史
主として蘭印において活動
 
◆編成/昭和20年2月25日パレンバン
◆昭和20年5月30日
 
◆歴代中隊長
不明
 
独立飛行第85中隊/司偵隊(鷲)
◆使用機種
百式司令部偵察機(新司偵)
 
◆部隊史
不明 
 
◆編成/昭和17年秋温春
◆昭和19年1月31日
 
◆歴代中隊長
渡部行男大尉
 
独立飛行第87中隊/軍偵隊(満洲)
◆使用機種
九九式軍偵察機、九七式軽爆撃機
 
◆部隊史
飛行第二十九戦隊にて編成。
16年8月北支太原に移駐。16年9月16日
第一次長沙作戦協力のため白螺磯に前進。
17年1月第二次長沙作戦に参加。
17年5月南昌に前進、淅カン作戦に参加。
17年7月30日八面通移駐。17年10月海林移駐
 
◆編成/昭和16年7月29日連浦
◆昭和19年2月5日、海林
  
◆歴代中隊長
中川範治大尉
 
独立飛行第89中隊/直協・軍偵、司偵隊
◆使用機種
九七式軽爆撃機、九八式直接協同偵察機、九九式軍偵察機、二式複座戦闘機改(屠龍)
 
◆部隊史
飛行第八十三戦隊第三中隊より編成。
16年12月第八十三独立飛行隊に属し、
海上輸送によりサイゴンに前進、マレー作戦に従事。
17年2月9日軍砲兵隊のシンガポール島制圧の弾着観測を行う。
17年4月ビルマ作戦のためトングーに前進、シンゲン基地で第十五軍に協力。
18年9月軍偵に機種改変。
18年10月末ビルマ方面軍指揮下に入り、
南ビルマの写真撮影、海上哨戒等の任務に服す、インパール作戦に協力
 
◆編成/昭和16年7月29日海林
◆復帰/昭和19年3月31日、ラングーン
  
◆歴代中隊長
黒川正憲大尉、長沢清大尉、坪井利大尉
 
独立飛行第90中隊/軍偵隊
◆使用機種
九九式軍偵察機
 
◆部隊史
第二十九独立飛行隊より編成。
同隊の隷下として、17年5月南昌に前進、淅カン作戦に参加。
7月15日新郷に移駐。訓練整備を行う。10月海林に移駐
 
◆編成/昭和17年4月太原
◆復帰/昭和19年2月5日、海林
 
◆歴代中隊長
中野猪之八大尉
 
独立飛行第91中隊/直協隊
◆使用機種
九八式直接協同偵察機 
 
◆部隊史
17年4月ビルマ、トングーで第八十三独立飛行隊長の指揮下に入る。
18年7月24日第三航空軍の隷下となる。9月ジャワ島バリシアンにて作戦参加。
18年末サイゴンに移駐、同方面の哨戒及び訓練を行う
 
◆編成
◆復帰/昭和19年3月31日、ラングーン
 
◆歴代中隊長
中村虎之助大尉
 
独立飛行第96中隊/直協隊
◆使用機種
九九式軍偵察機
 
◆部隊史
不明
 
◆編成/昭和16年7月25日
◆復帰/昭和19年2月5日、海林
 
独立飛行第101中隊/司偵隊
◆使用機種
九七式司令部偵察機
 
◆部隊史
内地を主要行動地域とす
 
◆編成/昭和16年7月20日調布
◆復帰/昭和17年4月21日、調布
 
◆歴代中隊長
安田岳彦大尉
 
独立飛行102中隊/司偵隊
◆使用機種
九七式司令部偵察機
 
◆部隊史
内地を主要活動地域とす
 
◆編成/昭和16年7月20日加古川
◆復帰/昭和17年4月21日加古川
 
◆歴代中隊長
山本礼二大尉
  
独立飛行103中隊/司偵隊
◆使用機種
九七式司令部偵察機
 
◆部隊史
内地を主要活動地域とす
  
◆編成/昭和16年7月20日小月
◆復帰/昭和17年4月21日小月
 
◆歴代中隊長
木村正義大尉



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