2021年5月 2日 (日)

0系新幹線

0系新幹線
戦後、GHQは我が国に航空機の研究と製造を禁止した。
翼を失った飛行機野郎達が再集結して
新幹線を作り上げたのは実に有名な話である。
 
びゅわーんびゅわーん走る。
そう、新幹線こそ当時から現在に至るまで
わが国の繁栄と力強さの象徴である。

2021年4月26日 (月)

満鉄特急あじあ号(パシナ型蒸気機関車)

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大戦機以外にも当時の先端技術や戦後に受け継がれたメカをテーマに
描いて掲載していきます。

満鉄特急あじあ号(パシナ型蒸気機関車)
あじあは、南満州鉄道(満鉄)が昭和9年から18年まで大連駅から
新京を経てハルビン駅間の約950kmを結んだ特急列車である。
超特急とも呼ばれた。
 
列車は流線形のパシナ型蒸気機関車と専用固定編成の
豪華客車で構成される。そのほとんどすべてが日本の技術によって
設計・製作されており、当時の日本の鉄道技術水準を示すものとして
重要である。超特急「あじあ」は最高速度130 km/hで大連-新京間
701 kmを所要8時間30分で結び、平均速度は82.5 kmに達した。
 
これは、当時内地の鉄道省で最速の特急だった「つばめ」の最高
速度95 km/h、平均速度69.55 km/hを大きく凌ぎぐものであった。

2021年1月25日 (月)

雪をかけわけ疾走する200系

Photo

「幸薄かった新潟の皆さん」
鈍色の新潟の空を背にして角栄は民衆に向けて語り出す。
そう、谷川岳を境に冬の日本海気候は曇天が多い。
 
角栄が小長啓一秘書官に語った言葉でよく知られたものがある。
角栄は小長に問う。

「君は生まれはどこだ?」小長は「岡山です」と答える。
「岡山なら雪は川端康成のロマンの世界だな。しかし俺にとっては
生活との闘いなんだ」最初に衆議院議員に立候補したときの演説で
「谷川岳ををダイナマイトで吹っ飛ばせば越後に雪は降らない。
太平洋の乾いた風が新潟まで、抜けてる、何、心配いらない。
その工事で出た土砂を日本海に運べば佐渡と陸続きになる」と、
誰も思いつかないような発想で、故郷新潟の問題を解決させる
アイデアを提示したことが角栄の政治家としての出発点だった。
 
明治から平成初期に至るまで、東京は豊かであったが、
東北や甲信越は貧しく地方格差の解消には血の滲む努力が必要だった。
 
出典
『日本列島改造論』田中角栄著
『喋らなければ負けだよ』古館伊知郎著