2013年10月 4日 (金)

三菱重工長崎造船所 (戦艦武蔵ドック)

Imgp3042

Imgp3040

Imgp3060

 

戦艦「武蔵」を建造したドックが現在でも残っている。
一号艦(大和)は呉海軍工廠で建造されたが
同型の二号艦(武蔵)は民間会社である三菱がここ長崎で建造した。
  
「今の話はだれにも言わないでおくれよ
おれが話したなんてことがわかるとまずいから」
 
そう言った老人の眼はおびえていた。
もう戦争は遠くの昔に終わっているというのに。
長崎の街はすり鉢の底のような形をしている。 四方を山々に囲まれ
海を見下ろせるところに、三菱重工長崎造船所がある。
 
第二号艦(戦艦武蔵)は秘匿に徹して建造が進められた。
 
建造中の目隠しとして、棕櫚(しゅろ:漁で使う縄)をドッグ上部より
スダレのようにたれ下げたが、それでも造船所を見下ろしたり建造中の
船について話題にあげたりした者はスパイの 疑いをかけられ、憲兵隊に
捕まり執拗な尋問を受けた。 いつしか、その存在は「お化け」と
噂されるようになった。
 
軍が買い占めた棕櫚の量は膨大であり、市場から棕櫚が消えた。
それもまた「お化け」の噂の一端となる。
 
長崎の住民は皆おびえていた。 史上異様と言える、その建造過程で
心血を注いだ三菱の技術者と工員、そして何も知らない、否、 決して
存在を口にしてはならなかった「お化け」の噂。
 
戦艦武蔵誕生の歴史がここにある。
 

Imgp3034

Imgp3072

「女神橋」より望む長崎の街 

帝国海軍針尾送信所

Imgp3027_2

Imgp3027_3

 
「ニイタカヤマノボレ」発信の塔
佐世保市の市街地を離れ、長崎へ向かって国道を南へ走ると
突然、大きな三本の塔が見えてくる。不気味とも神秘的ともとれる
とにかく、突然異世界に迷い込んだような印象の、この三本の塔は
およそ90年前に建設された「海軍針尾送信所」の跡である。

  
世界の歴史が動いた、真珠湾攻撃の日
「ニイタカヤマノボレ一二〇八」が、ここから発信されたと伝わる。
  
通信塔は、大正11年(1922)、旧海軍によって建設されたもので
塔の高さは136メートル、塔のまわりが38メートル、
間隔は300メートルあり上空から見ると正三角形に並んでいる。
写真では伝わりにくいが、突然、この塔が目の前に現れると驚く。
 

Imgp3017

Imgp3015

Imgp3024

Imgp3021_2

国道202号線沿いの西海橋公園から望む通信塔。
無料駐車場、展望台あり。橋は通行無料。 
 
住所:長崎県佐世保市針尾東町
西海橋公園

佐世保海軍工廠

Imgp3001

Imgp5924

Imgp2994

旧佐世保海軍工廠
現在は佐世保船舶工業(SSK)改め佐世保重工業のドックで
大型タンカーなどの建造、海上自衛隊艦艇の建造、保守
アメリカ海軍の艦艇の保守を行っています。
 
「伊四〇二」、航空母艦「伊吹」誕生の佐世保海軍工廠
佐世保海軍工廠は、多くの駆逐艦、巡洋艦誕生の地であり、
「赤城」「加賀」の近代化改装もここ佐世保で行われました。
 
そのほか、大戦末期には晴嵐を搭載した潜水空母とも呼ばれる
伊四〇〇型潜水艦の「伊-四〇二」を建造、
航空母艦「伊吹」「大鷹」「笠置」の艤装もここ佐世保で行われました。
 
工廠内に残る赤レンガ
SSKの敷地からアメリカ海軍佐世保基地の敷地にかけて
当時の赤レンガの素敵な建物が残っています。道路から良く見えます。
 
私はアメリカさんの基地内にカメラを向けすぎてスパイと
疑われるのは面倒なので、撮影しませんでした。すみません。
 

Imgp5933

 
佐世保の護衛艦。
佐世保みなとIC入口近くに観光用駐車場があり
そこへ車をとめて、この海岸付近を散策できます。
画面左奥がSSKドック。

 

佐世保鎮守府

Imgp2999

 
旧海軍佐世保鎮守府
現在の海上自衛隊佐世保地方総監部です。
 
唯一、面影を残すものといえば門の前に立つ
佐世保鎮守府開庁当事に
植えられたという楠の木(くすのき)です。

セイルタワー(海上自衛隊佐世保史料館)

Imgp2997

海上自衛隊佐世保史料館(通称セイルタワー)です。
七階建てで、全てが展示フロアー。最初に
七階までエレベーターで上がって下りながら見学します。
 
航空機や艦船など、模型が多数
大ジオラマが魅力

ペリー来航から、日本海海戦、太平洋戦争まで
模型やジオラマなど、ビジュアルを重視したわかりやすい展示が魅力です。
展示品が多く、じっくり見学しようと思えば時間がかかる施設なのですが
これといった目玉はありません。
  

そのかわり航空機や艦船の模型が多用されており、例えば
東郷艦隊がまるごと、ジオラマになっていたり、海軍の名機が
飛行編隊を組んでいる様子など、大型のジオラマで再現されているので、
模型や艦船、飛行機などが好きな人は嬉しいかもしれません。

 
七階展望室からの展望
 
七階からの展望は、佐世保の街と、停泊中の海上自衛隊、
またアメリカ海軍の艦艇を一望できます。
 
セイルタワー(海上自衛隊佐世保史料館)アクセス
長崎県佐世保市上町114-2
開館は9:30~17:00(入館は16:30まで)
入館無料
毎月第3木曜日・12月28日~1月4日休館
無料駐車場あり
団体で訪れた場合はガイドが案内します。
 
一階に小さな土産物店あり

2013年10月 3日 (木)

万世特攻平和祈念館

Imgp2865_2

 
有名な子犬を抱いた少年飛行兵の写真です。
この飛行兵は荒木幸雄さんという方で
群馬県桐生市出身の陸軍少尉、17歳です。
 

子犬を抱いて、自分の飛行機に爆弾を取り付けている
様子を見ている、といわれています。
 
昭和20年、5月27日
荒木さんはこの写真が撮影された直後、陸軍特別攻撃第72振武隊として
沖縄へ出撃、戦死しました。
(第72振武隊は10名中7名が10代の飛行兵でした)
 

Imgp2859

 
知覧を訪ねたのなら、ぜひとも万世も
 
知覧の特攻平和会館は実に有名ですが

同じ鹿児島県内に、同様に特攻隊員の遺書を展示した
施設があります。鹿屋(かのや)と万世(ばんせい)です。
今回は、そちらの、あまり知られていない
万世特攻平和祈念館
へ行って参りました。
  
こちらは知覧と比べると規模は小さいのですが
展示内容は決して引けを取らないものです。
 
万世飛行場は吹上浜をならした急造の飛行場で
荒木さんが出撃したのは、この万世飛行場だったのです。
荒木さんの遺書、遺品は二階フロアに展示してあります。

Imgp2862

Imgp2864

 

Imgp2868

▲海軍零式三座水上偵察機
本来、海軍の飛行機はここ陸軍の記念館にはミスマッチであるが、
吹上浜の沖から引き揚げられたのでその縁もあり、展示していると、
新人ガイドさんの話。
なお、この機体の搭乗員三名は無事生還、
その経緯も記してあります。

 

Imgp2877

▲慰霊碑自体は沖縄の方角を向いているが
搭乗員は東を向いている。これは再会を誓った九段の方角だという説
もうひとつは鹿児島は日本の西端なので、故郷の方角すべてを
向いているという説があります。
 

Imgp2900

▲ベテランのガイドさんに案内して頂き、飛行場跡へ。
この側溝の板は当時からあり、画面右側が飛行場滑走路跡。
 

Imgp2905

▲駐機場。荒木さんの写真の背景には松林が写っているので、
現在もそのまま松林である、記念館からこの辺りのどこか駐機場で撮影したの
ではないか、
という説があります。
 

Imgp2872

 
 飛行場跡は直線道路。
 

Imgp2907

  
特攻隊員の方々が、この神社を通りがかりに
ちょうど桜の花が咲く頃だったので、その枝を持って
コクピットに飾った。その桜の木は今はないのですが、
神社の石柱は当時のまま残されています。 
 

Imgp2882

Imgp5899

飛行場跡地の海浜公園から吹上浜を望む。
 
万世特攻平和記念館 アクセス
鹿児島県南さつま市加世田高橋1955-3
大人300円、小人200円
9:00~16:30(閉館17:00)
無休(12月31日~翌1月1日休)

海上自衛隊鹿屋航空基地資料館

Imgp2956

Imgp2963_2

Imgp2961_2

 海上自衛隊鹿屋航空基地資料館
 
一度は訪れておきたい場所です

  
知覧の特攻平和会館は実に有名ですが
同じ鹿児島県内に、同様に特攻隊員の遺書を展示した
施設があります。鹿屋(かのや)と万世(ばんせい)です。
 
今回は、そちらの、あまり知られていない

鹿屋資料館へ行って参りました。知覧からは鹿児島湾を挟んで
大隅半島側。交通の便が悪いところにあるので
なかなか見学者が来ないのかもしれません。

 
しかしながら、こちら鹿屋も
決して知覧に引けを取らない資料館です。
 
鹿屋は海軍の特攻基地として
もっとも多くの海軍特攻機が出撃しました。
二階フロアには鹿屋から出撃した
海軍搭乗員の遺影(集められる限り全て)と遺書が展示してあります。
 
敷島隊から梓特別攻撃隊、神雷部隊「桜花」、宇垣中将の特攻まで
資料、展示も充実しています。

Imgp2937

Imgp2941


 

Imgp2935

Imgp2951_2

Imgp2948_2

Imgp2932_2

▲戦艦「比叡」の錨、海上自衛隊のUS-1A(おおとり)
紫電改、天山のプロペラなど、屋外展示も多数。
なお資料館二階には吹上浜沖から引き揚げられたゼロ戦五二型が
展示されています。なお、

世界唯一の二式大艇はここにあります
 
余談
敷地内の食堂で食べられる「鹿屋海軍カレー」がとても美味しくて
びっくりした。おすすめです!
 
アクセス 海上自衛隊鹿屋航空基地資料館
鹿児島県鹿屋市西原3丁目11−2
午前9時から午後5時まで(入館は午後4時30分まで)
年末年始(12月29日~1月3日)を除く毎日開館
入館無料
個人でも申し出ればガイドが案内します

ゼロ戦、二式大艇など各種グッズを扱った土産物店、
海軍カレーが食べられる食堂あり

零戦雷電震電

Photo_13

烈風(改)戦闘機紫電改

神雷部隊「桜花」別杯の地

Imgp2925

 
海上自衛隊鹿屋航空基地から少し離れたところに
神雷部隊「桜花」の碑がある。
 
慰霊碑には山岡荘八の書で神雷部隊「桜花」別杯の地、である旨と
建立の経緯が記されている。なお、ここから近くの
鹿屋航空基地資料館には神雷部隊「桜花」に関する遺品、資料が数多く
展示されている。
   
 
アクセス
鹿児島県鹿屋市野里町4219
朝日神社となり

大刀洗平和記念館

Imgp3125

Imgp3126

Imgp3121

 
マーシャル諸島タロア島より帰還した零戦三二型
大刀洗(たちあらい)平和記念館のゼロ戦です。

マーシャル諸島タロア島から里帰りし修復された機体です。
珍しい三二型。
 
大刀洗~陸軍の特攻基地としての歴史
ここ大刀洗は陸軍の航空基地があり

戦争末期には特攻隊が出撃した地でもあります。
館内にはここ大刀洗から出撃した特攻隊員の方の遺書、遺影などが
展示されています。
 
幻の戦闘機「震電」
また、九州飛行機が製造した幻の戦闘機「震電」が終戦直前に
蓆田飛行場
(現在の福岡空港)で飛行した経緯もあり
「震電」の展示に力を入れており
資料も豊富でした。
 
B-29のオブシェ
ゼロ戦の上、天井に金網のようなものが見えますが
これはB-29のシルエットのオブシェです。翼とエンジンの形がわかるでしょうか。
大きさ比較のためだそうです。

なお、館内は撮影禁止
ただしゼロ戦のみ撮影可能で九七戦闘機は禁止。
ゼロ戦も九七戦闘機も区別つかない人が多いのに
これは混乱すると思う。
 

Imgp3116

Imgp3115

Imgp3119

▲現在も残る営門と、道路を挟んだ反対側はユニークな大刀洗駅。

大刀洗平和記念館アクセス
福岡県朝倉郡筑前町高田2561-1
 
入場料
大人500円 高校生400円 小中学生300円
入館時間、午前9時 ~ 午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日は年末年始 (12月29日~1月3日)
 
各種ゼロ戦グッズの売店あり
 
館内撮影禁止
(ただしゼロ戦のみ撮影可能。九七式戦闘機は禁止)

大村海軍航空隊跡

Imgp3077

Imgp3080



Imgp3076_2

 
大村海軍航空隊の跡地です。

掩体壕が公園の遊具となって残っていました。
ここ大村海軍航空隊は海軍屈指の大航空隊で、空技廠があり
また、松山の第343海軍航空隊(剣)の拠点でもありました。
 

Imgp3105_3

Imgp3103

Imgp3109_2

司令部壕は現在慰霊塔となっています。

 

Imgp3091

沖合に浮かぶ長崎空港です。
海軍大村航空隊の飛行場跡地は現在の海上自衛隊大村航空基地です。
長らく民間と共用でしたが、現在、民間機の滑走路は全て沖合に移転し
民間機独自で運用されています。
 
長崎空港という名称ですが大村市にあります。
長崎県は縦に長い県ですので、地元の人は「大村の空港」とか呼びます。