米国政府は垂直離着陸輸送機(VTOL機)V-22オスプレイ、17機を
日本に売却する方針を決定した。
売却総額は約30億ドル(約3600億円)で、機体のほかに
エンジン40機、赤外線前方監視装置40基、代替部品などの
装備品も含まれる。日本への供与は米国議会の承認を経て
最終決定されるが、日本国政府は平成29年度(2018年度)までに
オスプレイ17機を陸上自衛隊に配備する計画となっている。
2015年5月8日産経新聞より
米国では2005年12月より運用が開始され既に200機以上を
保有しているが、供与が決定すれば米国と日本は唯一の
V-22保有国となる。なお、他にはアラブ首長国連邦、イスラエル、カナダ、
インドが導入を検討中である。最新技術が収められ、最高機密とされる
部品はブラックボックス化されるので、同盟国といえども極めて高い
機密順守が求められる。
同様に米国の同盟国である韓国が米国製戦闘機のブラックボックスを
無断で空けてしまい、解析。信頼関係にヒビが入る結果となった記憶も新しい。
さて、陸上自衛隊への導入となれば
ヘリコプター部隊の総本山である宇都宮北駐屯地への派遣も
考えられるが、どうだろう。宇都宮といえば既にUH-60JAブラックホークが
運用されており、こちらの音のほうがオスプレイよりはるかに騒々しいが
割合、市民は寛容である。ずっと宇都宮に住んでいるが
反対運動など見たことも無い。いずれにしても見守りたいと思う。
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小笠原が求めるオスプレイ
ブルーインパルスも真似できない機動がここにある!
5月24日(日)は北宇都宮駐屯地開設42周年記念行事へ
陸上自衛隊練習機エンストロム480
エンストロム480は老朽化のため平成26年度いっぱいで引退した
練習機OH-6に代わって平成27年度より陸上自衛隊北宇都宮駐屯地
(航空学校宇都宮校)で運用が開始された米国製ヘリコプターである。
新たな練習機エンストロムはブルーに塗装された陸上自衛隊としては
珍しいカラーリングであるがOH-6と比較すると重々しい印象を受け
練習用の機体としては 取り回しや軽快さに欠ける。教官も
この新しい機体に随分 手を焼いているようであるが
今後の運用がどうなるであろう。
通常訓練は宇都宮飛行場滑走路から南へ離陸したエンストロム機は
数十分かけて宇都宮の市街地を一周し北側より着陸といった具合で
訓練を重ねている。 昼休みを挟んで、午後も訓練を行った後
天候条件が良好であれば、午後4時45分頃から6機での編隊飛行
を実施して飛行終了となるようである。
北宇都宮駐屯地平成27年航空祭が開催
北宇都宮駐屯地では今年平成27年5月24日に航空祭が開催される。
全国から多くの航空ファンが訪れることが予想される。
ヘリコプターに特化した航空祭としては全国一である。
なお、OH-6の引退に伴いヘリコプター版ブルーインパルスといえよう
展示飛行チーム「スカイホーネット」も 26年度で解散したが
今年度から「ブルーホーネット」と称してアクロバット飛行が
披露される!
当日の展示飛行やイベントの詳細、 外来機の飛来など
追加情報は追って記載する。
そういうわけで、ぜひ 5月24日は宇都宮へおいでください。
当日は基地を開放します。もちろんチケットは不要で入場無料です。
駐車場はありますが、イベントが始まると周辺道路はたいへん混雑し
身動きが取れなくなりますので、お車でおいでの方は
なるべく早い時間に到着されるか、 電車やタクシーなどを
利用されることをおすすめします。
私も売店に居りますので声をかけてください。
そしてグッズをお土産に買って帰ってください。
ピースうつのみやとは宇都宮平和祈念館をつくる会の前身で
宇都宮の活動家を中心とした平和団体である。
前身である「宇都宮平和祈念館建設準備会」を昭和60年(1985年)に発足。
1996年に「つくる会」と改称し、宇都宮空襲展の開催や灯籠流し、市内の
戦跡を めぐる「ピースバス」などを年一回運行して命の尊厳や恒久平和を
訴えてきた。
平成27年(2015年)18日の定期総会により 「ピースうつのみや」と名称を改称。
祈念館設置が実現しないまま会員数は減り高齢化も進み 資料の収集は進んだ
ものの、資金面から祈念館の自力建設は遠く、 市に要望を続けてきた公設民営
による設置も見通しは暗い。 当初500人弱いた会員は3月末時点で実質50人を
切った。 そこで今後は祈念館の設置を前面に出すのではなく、 収集した県内各地
の戦災や空襲資料を中心に、 他団体(連合、日本共産党など)と協力連携を
図ることで活動を盛り上げていく方向性を決めた。
また、会は集団的自衛権の行使容認の閣議決定や憲法改正に向けた流れに
言及するなどの活動も行っている。会の藤田勝春代表は憲法9条改正の阻止を
訴えた。 名称の変更とともに、藤田会長は退任を表明。 5月の臨時総会で
宇都宮市民ユニオンの田中一紀氏が 新代表に就任する見通しとなっている。
出展 平成二十七年、四月十九日、下野新聞
(ピースうつのみや)宇都宮平和祈念館をつくる会)ホームページ
あの時は不思議と死ぬのが全く怖くなかったんです。
何を馬鹿な、と思われるかもしれませんが、当時の僕は本気で考えていた
のです。どうか笑わずに聞いてやって下さい。2011年、東日本大震災に
伴う原発事故で当時、僕が何を考え、計画していたのか、お話しします。
事故直後の情報があまりに少なかったでしょう。だから不安は
増す一方で、いよいよ日本が滅亡するときが来たんだなと
覚悟をしておりました。
あまりに少ない原子炉内部の情報、だけど放置しておけば
取り返しのつかないことになるかもしれない。そこで僕は
このサイトと、自身のSNS等をフル活用して自身を含めた
「原発決死隊」を本気で結成することに決めたのです。
応募条件は、絶対に生還できないがそれでも構わないという人です。
それで呼びかけを行い、私を含む有志で福島第一原発へ乗り込み
原子炉内部への強行偵察を行うというものでした。
どれくらいの時間、持ちこたえられるかわかりませんが、死んでも
それで日本が助かるなら嘆願しやらせてほしかったのです。
遺書を書きました。
乗り込む車を用意し、福島へ出発できる準備は整いました。
原発へのゲートをなんとか突破できないか、策を練っていました。
最後まで秘密にしておくつもりが
計画が本気なんだということが身近な人に漏れてしまい
結果的に計画は頓挫してしまったのですが
あのときは、もう夢中で、現在の価値観では狂っていると思われるかも
しれませんが「なんとかしなければ」という一心で、むしろ平常心でした。
あのときは本当に死ぬのが怖くなかった。
日記にこんなこと書いてある。
「もし、決死隊を志願できるなら、いますぐ原発行って
僕なんか被爆して死んでも構わないから、放水作業をしたいと思います。
テレビを見ています。なにをやってるんだと。
それで大勢の命が助かるならそれでいいと思います。
誰もやらんのなら。俺が行って死んでもやってやるのに!という気持ち。
だから昨夜はイライラして眠れませんでした。 」
時が経って2015年、結局、普通の暮らしができている今、死ぬのが怖いです。
やはりあのときとは環境が異なるからでしょうけれど。
勇気とかそういう感情は全然なかったと思います。
ただ、役に立ちたかったんです。自分ひとりの命と引き換えに
多くの命が助かるなら、嬉しいじゃないですか。
役に立てるなら嬉しい。本当にそれだけ。いまでも
不思議なんですが、実に穏やかな気持ちでした。
それでよく考える暇もなかったのですから、行くと決めたんです。
遺書まで書いた
あのころの事を色々と思い出します。
先日、中島飛行機のロゴを作成したところ、あじあ号ファンの方から
満州鉄道のリクエストがあり、製作しました。
漢字は既存のゴシックフォントに切れ込みや変形を加えて改造。
ステンシル調に仕上げました。
ダウンロードは以下をクリックしてください。
使用条件に関しては中島飛行機と同様とします。
中島飛行機のロゴを復元作成しました。(著作権失効済意匠)
中島飛行機は終戦とともに解体され幻となった航空機会社です。
その恐るべきマスプロ力によって帝国陸海軍の兵器製造を担い
国家繁栄に大きく寄与しました。
しかし夢幻の如く、
戦後、これを恐れたGHQは財閥の解体と、航空産業の一切を禁止し
惜しくも中島飛行機はここに消滅します。以後、富士重工業(スバル)や
日産自動車などへ技術や人員が引き継がれました。原則的に中島飛行機と
富士重工は別の組織ですが、その歴史を調べてみるととても面白いものです。
中島飛行機の開発・生産能力は日本一でした。
代表的な零式戦闘機は三菱重工の開発した飛行機ですが、
中島飛行機がライセンス生産を行い、最終的には三菱を大幅に
超える生産数を誇りました。しかもこの間に、四式戦闘機を四千機以上、
大型重爆、水上機なども並行して生産していたので、そのマスプロ力は
強大なものでした。
中島飛行機宇都宮製作所では糸川英夫博士の一式戦闘機「隼」をはじめ
四式戦闘機「疾風」、百式重爆「呑龍」など多くの機体が生産されました。
※四式戦闘機は宇都宮と太田の二カ所で製造されましたが
昭和20年2月の太田空襲で太田製作所は大きな損害を受けました。
宇都宮ではこれを回避すべく、四式戦闘機のエンジン工場を
宇都宮大谷地区の地下へ移しましたが、機体の組み立ては地上で行いました。
~地下工場へ行ってみる
昭和20年7月の宇都宮空襲で生産は大幅に落ち込みましたが
それでも終戦まで稼働し、終戦時にも宇都宮製作所の生産ラインには
ピカピカの武装された四式戦闘機が乗っていたそうです。
生産の背景には女子挺身隊(女子学生)の活躍など
多くの国民の心血が注がれたことは特筆すべき点であり
決して忘れてはならない事実であります。
中島飛行機ステッカー販売中(直径86ミリ×1ブラック)
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