2014年3月13日 (木)

南雲中将終焉の地

南雲忠一中将自決のサイパン島地獄谷 

サイパン島の地獄谷です。
南雲忠一中将終焉の地です。
 
南雲中将の最期は諸説ありますが
この辺りで自刃、もしくは最後の突撃を敢行した
とされています。
 
かつては大機動部隊を率いて真珠湾攻撃をはじめ
大海原を駆け回った南雲提督。
しかしその最期は、サイパン島のジャングル奥深く、矢尽き刃折れ
たった二発の手榴弾を抱えただけの、悲壮なものでした。

 
合掌
 

テニアン島

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テニアン島へ来ました。ここから多くのB-29が日本本土空襲ならびに
エノラゲイ、ボックスカーが広島、長崎へ飛び立ちました。その基地跡
いまは滑走路も草生しています。
 
滑走路の一角に原爆をB-29に搭載したピットが残っています。
原子爆弾はそのままでは大きく搭載できないので
滑走路を掘り下げる必要がありました。
透明の囲いはいたずら防止のためのものです。
 

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ファットマン(長崎型原爆の愛称)の模型がありました。
 

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テニアンのスーサイドクリフです。サイパンのとは別です。
しかしながらサイパン同様にここから多くの軍人、民間人が
米軍に追い詰められ身を投げました。
 

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合掌

2014年3月 8日 (土)

パラオへ出発します

3月10日から31日までパラオに滞在しています。
 
頂いたメールなどのお返事は4月1日以降となります。
よろしくお願い致します。

2014年2月17日 (月)

人形供養のお焚き上げ

今日は雪の残る中、
人形供養のお焚き上げに行って参りました。
ぬいぐるみや人形などをお寺にお願いして焼却する行事です。
大きさ30センチまで1,000円、60センチまで2,000円
ひな人形などのセットは10,000円をお坊さんに払うと
預かって供養してもらえます。

 
お寺の参道は、車一台がようやく通れるほどの
細長い急な上り坂で、途中スタックして動けなくなっている
車を見つけました。ドライバーは白髪のおじいさんでした。
私は引っぺがしたフロアマットを使ったり、車を
力いっぱい押したり、必死になって脱出を試みましたが
なかなか動かず、ややもすれば後続は渋滞となっていました。
そのうち渋滞先頭のドライバーが降りてこちらへ歩いてきたので、
協力してくれると期待したのですが

 
「あ~あ、こりゃダメだ。ノーマルタイヤじゃのぼれっこないよ
もう他の道で行こう」

 
と、やや怒り気味口調で踵を反すと
アクセルふかして行ってしまいました。

 
私は運転席でハンドルを握るおじいさんのかわりに
「どうもすみません」と謝ると作業に戻りました。
時間をかけてやっと脱出できたのですが
その間、他の人たちはみんな見てるだけでした。
ちょっとがっかりしました。

 
・・・さて、本題に戻ります。肝心の人形供養なのですが
お寺のどこへ行ってみても人形を燃やしている様子は無い。
コリャ雪と強風で中止になったんだろうと思って
「今日は中止になったんですよね?いつやるんです?」
と、お寺に尋ねてみると

 
「ああ、それなら無事に終わりましたよ。
燃やすと近所から苦情がくるもんで、今年からは預かるだけ預かって
お経あげるだけにしたんです」

 
「えっ、お経あげるだけなんですか。その後はどうするんです?」
と、尋ねたい気持ちもありましたが空気を読んでやめておきました。

 
お坊さんも忙しいんだと思います。

 
私は長靴をブカブカいわせながらも
すべらないようにしっかり雪を踏みしめながら、
のんびり歩いて帰りました。
水子供養のお地蔵さんは杉林の中、頭に積もった
雪を払ってあげたかったけれど、数が多すぎます。
寒そうでした。

2014年2月16日 (日)

旭日旗

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旭日旗を描いた友人のR32スカイラインです。
黄緑色は斬新で珍しいです。
ボンネットを閉じてしまえば普通の車ですので、
走っているときはわかりません。

 
海外でも大人気で、ベリィクールなデザインです。
せっかく我が国発祥のデザインなのですから
もうちょっとカジュアルに使ってもいいんではないかと思います。
 
この車の持ち主である友人もさほど歴史には精通していませんが
純粋に「かっこいいじゃん」という理由で乗っているようです。
 
つい最近、韓国が軍国主義の象徴だとクレームをつけるようになりました。
つい最近のことです。もちろん、政治色などまったくありませんし
そんな根拠は無いのですが、
誤解された印象が日本国民を蝕まないうちに
純粋なデザインとして根付けば良いと考えています。

2014年2月14日 (金)

大戦機シリーズ第二弾

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ゼロ戦に続き、Tシャツ商品化第二弾を計画中です。
「この機種が欲しいけど、どこにも売ってないんだ」
というご要望、ご意見、アイデア等ありましたら

お寄せ頂けると有り難いです。
頂いたアイデアを商品にさせて頂く場合もございます。
 
現在頂いている候補
伊四〇〇潜の格納庫から出てきた「晴嵐」
四式戦闘機「疾風」
三式戦闘機「飛燕」
彗星一一型
などなど

 
戦艦大和は既に製作予定に入っております。
大和は以前より、多く要望を頂いておりましたので
もう少し先になると思いますが、こちらもあわせまして
アイデアがありましたらお寄せください。
 
もちろん飛行機でなくてもOKです。

※画像は歴代のゼロ戦です。予算の都合上
人気のあるゼロ戦五二型のみ商品化しましたが
念の為、全て描きました。

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2014年2月 4日 (火)

山本五十六記念館

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前回ブログの続です。長岡の
山本五十六記念館を見学しました。
実はここは夏にも来たことがありますが二度目です。
 
館内は撮影禁止なのでこれはパンフレットです。慰霊団がブーゲンビル島の
墜落現場から持ち帰った山本座乗の一式陸攻の左翼と実際に
座っていた座席が展示されています。
 
そのほかには山本直筆の書や手紙、愛用品などが展示されており
ひとつひとつじっくりと拝んできました。 
 

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受付兼土産物店で買い求めた「常在戦場」の書、コピー品。
館内にはこの書の実物展示があり、拝んでいると山本五十六の覚悟
が伝わってくると同時に歴史の一部に触れられたようで感慨無量。
 
五十六記念館では、このほかにも素晴らしい
五十六グッズを(五十六カレーや「やってみせ~」の色紙など)多数
揃えて皆様のお越しをお待ちしております。 
 
受付の方は、見学者がわたしひとりだったこともあり
熱心にガイドしてくれまして、一式陸攻左翼帰還の
ビデオまで見せてもらいました。
 
次に車で5分くらいのところに墓所があるので
お参りに行きました。
 

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山本の墓所、長興寺(ちょうこうじ)です。
駐車場あります。しかし
この時期は雪でズブズブであります。
 

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正面が山本五十六のお墓です。冬に来たのは初めてです。
この状態では戒名しか読み取れませんが、夏であれば
墓石の下のあたりに「山本五十六」と刻まれていますので
迷いません。


なお山本のお墓は東京の多磨霊園にもあります。
 



新潟にきたついでに柏崎刈羽原発広報センターを見学。
私は原子力関連施設を見学するのが好きなのです。
原発近くに来ると必ず見学します。
 
原発の可否はともかく、科学や機械、そしてなにより
重厚長大なものが大好きなのです。 

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日本海を拝んで帰りました。
冬には珍しいベタ凪ぎの日本海です。
佐渡が見えます。

 


2014年2月 3日 (月)

三國峠を越えて新潟へ

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山本五十六のお墓参りと記念館見学の続きです。
 
水上より三國峠を経て日本海側へ抜けました。ここから越後の新潟県。
トンネルを抜けたら荒れた天候を覚悟していたのですが
こんなにも穏やかで
拍子抜けしました。得難いことであります。
 

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迫力の書体。どなたが書いたんだろう。
昭和32年開通と記されている。
 
延々、下って行きます。 
湯沢のスキー場近くです。
 

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日本海側の冬は雪との戦いです。昔と比べれば
除雪機能は進化しましたけど、それでも冬の間、
ひたすら耐え忍ばねばなりません。
雪国の方は本当に辛抱強い。
太平洋側の我々には想像できない困難さがあります。
 

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南魚沼市へ入ると、有名な「雪国まいたけ」の工場があります。
大規模です。
 

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長岡の山本五十六記念館に到着。
つづく。



2014年1月30日 (木)

冬の日本海

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冬の日本海です。
 
先日、長岡へ山本五十六記念館見学ならびにお墓参りへ行ってきましたので
近日アップします。これはその帰りに眺めた日本海の夕日です。

 
冬の日本海がここまで凪いでいるのは実にめずらしいんです。
運が良かった。
 
冬の天気は、日本海側と太平洋側ではまるで違います。

太平洋側に住む人たちは毎日、お天道様を拝んでいるのが
当たり前の生活ですが、谷川岳から北側、つまり
新潟の冬と言えばどんより常に曇っているか、雪または時化です。
生活は雪との戦いであります。
 
日本列島改造論/田中角栄
日本列島改造論で知られる越後出身の政治家

田中角栄の言葉を思い出します。
 
「谷川岳の山を切り崩して、関東とつなげてしまえばいい。
日本海からの湿った風は東京へと流れるだろう。なに?
出た大量の土砂はどうするかだって?佐渡と新潟の間を埋め立てて
陸続きにしてしまえばいいんだ。そうすれば東京まで真ッ平だ!」
 
 
陸続きにはなりませんでしたが、
田中角栄が谷川岳にトンネルを掘って高速道路と新幹線を通すまでは
それは大変な生活をしていましたのが激変したのです。
 
その佐渡島が沖に見えます。