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2016年2月 7日 (日)

昭和14年 横浜-パラオ間に実在した空の定期便

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昭和14年、パラオはサイパンとともに

最も早く内地からの定期航路を結びました。
運航スケジュールはこちらの記事で書いた通りです。
  
昭和14年といえば77年も前のことです。
旅客船と比べれば運賃は割高でしたけれど、一般のお客さんも
この飛行艇に普通に乗れたのです。
どれだけ壮大な事を実施していたか、
ビジュアル化しました。
 
この飛行艇は
海軍では九七式飛行艇ですが、民間での名称は
川西式四初飛行艇と言いました。運用したのは大日本航空株式会社です。
カラーリングはジュラルミン剥き出しの銀色で
「綾波」号など、パーソナルネームが存在しました。
開戦とともに、飛行艇は海軍に事実上徴用され、運命を共にしますが

戦争が始まるまでは南洋の楽園と内地を結ぶ夢の定期便だったのです。

コメント

お疲れ様です。
韓国製のパラオKBブリッジが半年で崩落、(1996年)その後、日本のODA無償援助で橋が再建され、「Japan-Palau friendship bridge」 、日本とパラオ友好の橋と命名されていますね。

当時、九七式飛行艇は「日本、パラオ友好の翼」だったのですね。
それにしても、今の時代だからこそこの飛行艇で飛んでみたいです。
美しい飛行機ですね。

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