« 2014年2月 | メイン | 2014年4月 »

2014年3月25日 (火)

ペリリュー、アンガウル

Imgp3287 

ペリリュー、アンガウルに滞在中です。
アンガウル島にてご遺骨を見つけましたので
帰国後、厚労省にデータを届け出ることにしました。
 
※(写真はペリリューの壕です)

2014年3月14日 (金)

パラオ全図

パラオ地図

▲パラオ全図
 
パラオ共和国ってどんなところ?
 

年配パラオ人は日本語ベラベラ(動画) 
ミルキーウェイ/古代から堆積した真っ白な泥 
勇壮のKBブリッジ(日パ友好の橋) 
世界遺産ロックアイランド/無限のブルーラグーン 
パラオの空を飛べ!セスナ機で空へ 
パラオ国旗の由来 
東日本大震災-そのときパラオでは 
日本語が語源のパラオ語 
ペリリューへ定期船の旅
ノースドックの子供達
2013年ペリリュー島の台風被害

 

パラオ・バベルダオブ島の地図

▲バベルダオブ島

ペリリュー島の地図

▲ペリリュー島

アンガウル島の地図

▲アンガウル島

2014年3月13日 (木)

南雲中将終焉の地

南雲忠一中将自決のサイパン島地獄谷 

サイパン島の地獄谷です。
南雲忠一中将終焉の地です。
 
南雲中将の最期は諸説ありますが
この辺りで自刃、もしくは最後の突撃を敢行した
とされています。
 
かつては大機動部隊を率いて真珠湾攻撃をはじめ
大海原を駆け回った南雲提督。
しかしその最期は、サイパン島のジャングル奥深く、矢尽き刃折れ
たった二発の手榴弾を抱えただけの、悲壮なものでした。

 
合掌
 

テニアン島

Imgp2411


テニアン島へ来ました。ここから多くのB-29が日本本土空襲ならびに
エノラゲイ、ボックスカーが広島、長崎へ飛び立ちました。その基地跡
いまは滑走路も草生しています。
 
滑走路の一角に原爆をB-29に搭載したピットが残っています。
原子爆弾はそのままでは大きく搭載できないので
滑走路を掘り下げる必要がありました。
透明の囲いはいたずら防止のためのものです。
 

Imgp6947

ファットマン(長崎型原爆の愛称)の模型がありました。
 

Imgp6889


テニアンのスーサイドクリフです。サイパンのとは別です。
しかしながらサイパン同様にここから多くの軍人、民間人が
米軍に追い詰められ身を投げました。
 

Imgp2282


合掌

2014年3月 8日 (土)

パラオへ出発します

3月10日から31日までパラオに滞在しています。
 
頂いたメールなどのお返事は4月1日以降となります。
よろしくお願い致します。