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2014年4月18日 (金)

テニアン島戦跡(5) スーサイドクリフ・天寧の落日

テニアン島玉砕戦
陸軍松本歩兵五十連隊・
角田海軍中将の最期

前回の続き
 

・テニアン島へ敵上陸
昭和19年7月24日早朝

アメリカ海軍第二海兵師団の上陸用舟艇がテニアン港へ
向けて前進。これに対し日本守備隊の重砲が一斉に火を吹いた
海軍砲台は戦艦コロラドに22発以上の命中弾を浴びせ
さらに駆逐艦ノーマン・スコットを撃沈。艦長以下多数が死傷した。
 

ペペノゴル砲台(小川砲台)

ペペノゴル砲台(小川砲台)

ペペノゴル砲台(小川砲台)

ペペノゴル砲台(小川砲台)
▲砲撃を行ったペペノゴル砲台(小川砲台)

 
しかしこれは米軍の陽動作戦であり、戦艦コロラドほかは結果的に囮となったが
その隙をついて防備が手薄となった北西チューロ海岸に第四海兵師団が
強襲上陸した。

 
ここで日本側の守備隊を記して置く。

帝国陸軍
松本歩兵50連隊(第二十九師団隷下)
連隊長・緒方敬志大佐
 
第一大隊・松田和夫大尉・北西海岸陣地
第二大隊・神山新七大尉・北東海岸陣地
第三大隊・山本好江大尉・南西海岸陣地
山砲大隊・甲斐克己少佐・ラソ、サバネタバス、カロリナス砲陣
  
このほか 工兵中隊(325連隊第二中隊) 矢野忠一中尉、
補給中隊・野崎健司中尉、独立戦車第二中隊・鹿村一男中尉
第二十九師団所属第一野戦病院・小野直樹軍医大尉であった。
 
・南溟に散華した山国の郷土部隊
歴戦の精鋭、松本歩兵50連隊は
かつて四コ連隊制の時期には第十四師団隷下にあり
・水戸2連隊 ・高崎15連隊 ・宇都宮59連隊 ・松本50連隊
の四コ連隊編成で、ともに大陸で戦った精鋭兄弟の連隊であったが
一コ師団三個連隊への改編に伴い、松本のみ29師団へ編入された。
 
水戸2連隊(全て)と高崎15連隊(一個大隊と逆上陸大隊)は
ペリリューで玉砕、宇都宮59連隊第一大隊はアンガウルで玉砕。
そして松本50連隊もテニアン島に散る運命にあり
栃木、茨城、群馬、長野の郷土部隊はいずれもはるかなる南溟に散華した。
 
・われら太平洋の防波堤とならん
第一大隊長・松田大尉は長野県別所温泉の出身で
朝は宮城(きゅうじょう・皇居のこと) に向けて遥拝し、そのあと
軍刀を抜いて精一杯素振りを行っていた。家の床の間には自筆で
「われら太平洋の防波堤とならん」と書いてあった。
そして戦いが始まる迄は、毎日床に入る前に
「今日も無事」「今日も無事」と口にしていたという。
松田大尉は豪傑な性格であったが小さな子供が二人おり、子供らの
話しをするときに限っては普通の人となった。満州で家族と判れる折
「すぐに帰るから」といっていたのが心残りで「嘘をついてしまった」と
何度も口にしており後悔した様子だった。
 
チューロ海岸に上陸した米海兵隊は破竹の勢いで南下を続け
松本連隊は後退を余儀なくされた。連隊本部は当初日の出神社付近で
あったが海兵隊の攻勢を受け徐々に後退し最終的に
島中央部マルポ地区まで後退した。マルポ地区は唯一の水源地である。
 
・あの世で会ったら一杯やろう
松田大隊長は「どうせこんな島だよ。あの世で会ったら一杯やろう」
とニッコリ笑ったという。
 
・松本連隊の玉砕
陸軍・松本連隊の抗戦はここに終わり、連隊旗が奉焼された。
連隊長以下、全員が敬礼して見守り、奉焼された連隊旗は
連隊旗手平井敏明少尉が灰まで丁寧に処理した。
翌日、最後の突撃を敢行し、連隊長以下全員が戦死。
栄光の松本歩兵50連隊の歴史はここに終焉を迎えたのである。
 
陸軍が中部マルポで玉砕し島南部の守備は
海軍陸戦隊に託された。
大家吾一大佐率いる第五十六警備隊と
第一航空艦隊司令の角田中将は司令部を
南部カロリナス台地に後退させなおも徹底抗戦を続けた。
 

カロリナス台地

▲カロリナス台地・最後の戦場

 
・翼を失った航空兵の戦い
飛行機を失った第121海軍航空隊のパイロット達ならびに司令の
岩尾正次中佐(海兵51期、大分県出身)は飛行場西海岸の岩場を
死守していたが、なにしろ元来陸戦の武器をもたない航空兵であるから
考えたあげく、爆弾を引っ張ってきていよいよ敵が攻めてきたならば
ハンマーで信管を叩きもろとも自爆する覚悟であった。
こうして虎の子の搭乗員と岩尾司令は、勇猛果敢に最後まで戦い
テニアン島の露と消えた。 

・角田中将と航空隊員の潜水艦救出計画 
搭乗員不足が深刻化していた海軍は、当初、潜水艦を派遣し
角田中将を含め、航空隊要員のみをテニアン島から脱出させる
計画であったが既にテニアンは100隻以上の米艦船に囲まれていた上
当の潜水艦が撃沈されたため、脱出作戦は頓挫した。それ以外の、
つまり陸軍の兵隊は死んでくれと言っているようなものであり、
当初批判も受けたが、角田長官も命令に従ったまででやむを得ない
事情であったし、結果的に脱出計画そのものが失敗しており角田中将以下
海軍部隊全員はカロリナス付近にて玉砕している。
 
角田中将は戦国武将に例えると上杉謙信のような指揮官であり、
自ら先陣を切って敵陣へ殴り込みをかけることを辞さない猛将であったと
伝えられる。潜水艦の接岸が成功したと仮定しても、はたして
大勢の部下や民間人を差し置いて逃げたであろうか。
 
・角田中将の最期とテニアン島陥落
角田中将は最後まで自決をしなかった。
「長官は手榴弾を抱えると司令部壕を飛び出し、敵陣へと消えていった」
それが角田中将を見た最後の証言であった。
 

テニアン スーサイドクリフ

テニアン スーサイドクリフ02

テニアン スーサイドクリフ


テニアン スーサイドクリフ 
▲スーサイドクリフ(テニアン島)と画面左がカロリナス台地
 
ごく一部の心無い中国人観光客による慰霊碑への落書き行為などが横行したため、
岬へ通じる道にゲートが設けられたが、最近は解放されて自由に見学できるように
なっている。サイパン島のスーサイドクリフと呼ばれる場所があるがここはテニアンの
スーサイドクリフである。
 

テニアン島において保護された民間人は
およそ9,000人と云われる。これは角田中将が民間人に対し
「皆さんは軍人でないのですから、死ななくていいのですよ。
投降して米軍の保護を受けなさい」と戒めたこと、さらに
陸軍緒方連隊長と
海軍大家司令がいずれも大分県の中津の同郷人であったため何かと気心が通じ、
カロリナス付近における民間人の指導もうまくいったという説がある。
その点はサイパン島と異なる。
 
しかしながら、数字は諸説あるものの自決を迫られた民間人も当然おり
サイパン島同様、島南端のスーサイドクリフから飛び降り、命を絶った。
さらに特筆すべき点は16歳から45歳までの男子、約3,500名を集めた
民間義勇隊6個中隊が編制され、戦闘に協力した。彼らの尊い犠牲も
忘れてはならない。
 
・天寧の落日
8月3日こうしてテニアン島における組織的戦闘は終結し
米軍はテニアン島占領を宣言した。そして
飛行場を大規模に整備拡張し
のちにB-29の最大拠点として完成させ、日本各地の都市を無差別爆撃
ならびに広島、長崎への原爆投下を行うのである。(後述)
 

※それから一年あまり経過した終戦後の昭和20年8月30日早川少尉以下48名は
なおも終戦を信じず抗戦を続けていたが先にサイパン島で投降した大庭大尉が
テニアンに招かれ説得にあたりこれに成功、長きにわたるテニアンでの戦いは終結した。
  
続き(B-29の基地となったテニアン島)

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