2017年12月14日 (木)

九六式艦上戦闘機パイロット北沖道行さんのお話し

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九六式艦上戦闘機のパイロットで、支那事変を戦われた
北沖道行さんのお話しを伺いました。
 
北沖さんは愛媛県出身で、佐世保海兵団へ入隊後
軽巡洋艦「川内」乗艦。信号兵となります。巡洋艦からの
カタパルト射出を見て飛行機に憧れていた北沖さんは
飛行機乗りを志願し、合格。霞ヶ浦海軍航空隊へ入隊し
操縦練習生(53期)となりました。ご自身は艦上攻撃機を
志望されたのですが、戦闘機に敵性ありと見なされ、戦闘機搭乗員に。
元山海軍航空隊に配属されました。
 
まだ零戦が採用される前のお話しです。九六式艦上戦闘機で
漢口から宜昌へ進出し、南京爆撃の中攻(九六式陸上攻撃機)の
護衛任務に就きます。九六戦は、南京までの航続距離が足らないので、
中攻隊の護衛は途中までしかできませんでした。
ゼロ戦が登場するまでは、随分、中攻隊に被害が出たとのお話しです。 
それでも、中攻隊の先陣を切って、超低空で編隊を組み、
わざと、敵に見つかるよう、威嚇をしながら燃料の続くところまで
飛んで行ったそうです。
  
「戦闘機の護衛がついているぞ!」という示唆なのであります。
すると、敵兵が森の中でのろしを上げて、空襲を知らせるのでした。
 
ゼロ戦に機種転換をする際の訓練中、負傷したため
そのまま終戦を迎えます。九六戦とゼロ戦の違いを訪ねると
 
「私は九六戦のほうが好きでしたね。キビキビ思ったように動く。ゼロ戦はどうも
動きがやわらかいといいますかね」

とコメントされておりました。
なお、このときの分隊長は黒沢丈夫大尉。
JAL123便墜落時に上野村の村長だった方です。

2017年12月13日 (水)

杉野富也さん急逝

杉野富也さんが8日(金曜日)に亡くなりました。92歳でした。
日曜日に今治市での講演会を控え、水曜日はとてもお元気だったのですが
急に体調を崩され、亡くなったそうです。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。

2017年12月 8日 (金)

お知らせ

12月9日(土曜日)から12日(火曜日)まで
取材のため、不在となります。
この間、メールが繋がりにくくなります。
 
急ぎの用件ございましたら携帯へお願い致します。

航空甲板素材作成

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様々な用途を考慮して
飛行甲板素材を製作しています。

四式戦「疾風」仮称第四中隊機

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疾風です。
飛行11戦隊仮称第四中隊機を描きました。

蒼空はるか漫画版試験カット

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漫画版の試験カットを作成しました。
ここからまた煮詰めていきます。

杉野富也さん講演会中止のお知らせ

12月10日(日曜日)に今治市で予定されておりました
杉野富也さん講演会はご本人の体調がすぐれないため、
大事をとって中止になりました。

2017年11月26日 (日)

水戸二連隊ペリリュー島慰霊会戦没者合同慰霊祭

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11月23日、水戸二連隊ペリリュー島慰霊会の慰霊祭が開催されました。
ペリリュー島の生還者34名(三十四会)のうち、お元気なのは
土田喜代一氏と永井敬司氏のお二人のみとなりました。
 
そのお二人が、23日、十年ぶりに再会されました。
福岡県より、土田喜代一氏が飛行機で到着され、
小生、空港から水戸市の慰霊祭会場まで、運転手を仰せつかりました。
 
土田氏は間もなく98歳ですが、実にお元気で、車の中などで
ペリリュー戦のお話しを聞かせてくださいました。 

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再会して当時のお話しをされるお二人の戦友。

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慰霊祭も無事行われました。

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デザイナー仲間であります、鶉野飛行場未来プロジェクトのフジナカ氏が
加西市立図書館において美少女イラストに特化したイベントを開催します。
よろしくお願い致します。
 
フジナカ氏はこちらのグッズをデザインされた方です。

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秘密基地的ギミック

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アトリエ内に設けました秘密基地的ギミックです。
模型棚下にコンピュータを内蔵しました。
男の子はこういうのがもれなく好きです。