キ67 三菱 四式重爆撃機「飛龍」
キ67 三菱 四式重爆撃機「飛龍」
わが国の資源と航空工業力は多くの重爆撃機隊を編成することを
許されなかった。大戦中、活躍した重爆戦隊は11である。
このうち第12飛行戦隊、第95飛行戦隊は比島作戦に消えた。
また、飛行第7戦隊、飛行98戦隊は雷撃部隊として海軍の中攻を
しのぐ活躍をした。
キ67四式重爆撃機「飛龍」は大戦末期に完成し実戦投入された
重爆撃機で設計主任は小沢久之丞博士である。事実上、陸海軍の
垣根を越えて、一式陸攻の後継機の位置付けが強い本機は被弾に
対する充分な防備と火力、広大に及ぶ航続距離と非武装であれば
曲芸飛行ができる程の機動性を持ち、大戦末期にして傑作気が
誕生した。
エンジンは2000馬力のハ104の双発である。最高時速は537km/h。
クルーは8名。一式陸攻より一回り小さくスマートな機体は設計陣
の苦労が伺える。
連合艦隊も壊滅し、一式陸攻も稼働率の低さと損耗から、まさに
瀕死の状態であった。そこで、陸軍の重爆撃機である「飛龍」を
空勤者はそのままに、連合艦隊の指揮下に編入するという異例な
対応がとられた。陸軍のパイロットは空母「鳳翔」を敵艦にみた
て、雷撃訓練を実施。海軍は
「陸軍のパイロットに雷撃できるのか?」
と冷ややかであったが「飛龍」のクルーは水面を這うように飛行し
魚雷を放つと、マストギリギリに「鳳翔」の甲板上をパスして飛び去った。
遅すぎた重爆傑作機の登場であった。
このほかに派生型も多く製造された。海軍が有人兵器「桜花」を用いた
のに対し、陸軍は無人のミサイルとも呼ぶべきイ号一型甲無線誘導弾の
開発に力を注いだ。終戦までに間に合わなかったが、
これによって人命が失われることはなかった。
しかし残念ながら特攻機も製造されている。キ167「ト号機」は爆弾を
全て内蔵し、機種に長い信管を取り付けたほか、桜弾機はイラストから
もわかるように至上最大の爆弾「桜弾」を操縦席後方が大きく膨れ上がる
まで搭載している。直径は1.6メートル。重量2.9トン。爆発の威力は
前方3キロ、後方300メートルが消し飛ぶことを想定され、実際に出撃
したが未帰還の記録が残るのみである。
キ109は特攻機にあらず、B-29に対する防空戦闘機である。機首に75mm
の高射砲を搭載し、B-29の射程圏内から一撃粉砕を狙うものであったが
戦果報告はなく終戦を迎えている。
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