2026年6月 6日 (土)

ペリリューの幽霊 (1)

ペリリュー島で戦跡を歩いていたときのことだ。
その夜、私は現地の宿に泊まっていた。
 
スコールが降っても日中の熱気がまだ壁や床に残っているようで、
夕飯の席についても、湿った空気が漂っていた。

食事をしていると、日本人らしき男二人がこちらに近づいてきた。
肌は焼け、観光ダイバーといった風情。
 
「日本人の方ですか?」
 
片方の男が、声をかけてきた。
 
「ここって、すごい戦争があった場所じゃないですか。
兵隊の幽霊が出るらしいんですよ。そういうの、見えたりします?
へっへっへっへ・・・」
 
もう一人が笑いながら、 悪意というほどではないけれど、
どこか面白半分の響きがあった。
 
同じ日本人でありながら、これほどまでに温度差があるものなのか。
観光もダイビングもいいが、太平洋の防波堤となって散華した
防人の、とかいろいろ考えてやめた。わたしは箸を置き、ボソリと言った。
 
「玉砕していますからね。幽霊にでもなって出てきてくれれば、
当時の話を詳しく聞けるんですが」
 
冗談のつもりはなかった。本当にそう思っていれば
兵隊さんも悪いようにはしないと信じていたから。
 
だが、その言葉を聞いた瞬間、二人の顔から笑みが消え
みるみる青ざめていくのがわかった。
 
「そう、ですか・・・」
 
二人は気まずそうに目を逸らすと、逃げるように席を離れていった。
私は再び箸を取り食事を続けた。
 
せっかくの楽しい夜に水を差したかもしれない。悪いことをした。
 
外では、バナナの葉が夜風に揺れ。 遠くで波の音が聞こえる。
かつてのような艦砲射撃も空襲もない、静かな夜である。
 
そして、全員が寝静まった深夜のことだった。
(つづく)

2026年5月30日 (土)

家族とはたくさん話したほうがいい

二年前に他界した父の遺品を整理していたら
若い頃の父の写真が出てきました。
  
観光地で撮られたと思われるその写真には、
今の僕よりも若く、母と出会う前、まだ独身だった頃の
父が写っていて、
  
母に聞いてみても、それがいつ、どこで撮られた写真なのかは
知らないと言うんです。長年夫婦として過ごしてきても、
知らないことはたくさんあるんだなと感じました。
同時に、知られないまま死んでいくことも、
きっとたくさんあるんだろうなと思いました。
  
けれど、息子である僕は、その観光地に行った時の父の話を
直接聞いていました。だから、写真の背景については、母よりも
僕のほうがずっと詳しかったです。
  
不思議なもので、
生前、父と会話をした時間は、母より僕のほうがずっとずっと
短いはずなんですが。
 
家族とはたくさん話したほうがいいです。

2026年5月29日 (金)

東京湾岸24時(1) 東京ディズニーリゾートのアルバイト

20歳前後だったと思います。
東京ディズニーリゾートで働きたくて
アルバイトの面接に行きました。
 
正直、当時の私はディズニーのキャラクターに
詳しかったわけではありません。ただ、
「お客さんに喜んでもらう仕事」や、
「夢の舞台がどんなふうに作られているのか」に
強い興味がありました。
 
応募のきっかけも、無料配布の求人情報誌で
見かけたからです。
 
面接会場は、ディズニー公式ホテルの劇場を
まるごと貸し切った場所でした。
スタンド席で応募用紙を書き、書き終わった人から
順番にステージへ下りていき、面接官と向き合う形です。
 
隣にいた女性はとても熱心なディズニーファンのようで、
「ディズニーランド(シー)でアルバイトをするのが長年の夢だった
至高のアルバイトだと思う」と熱く語っていました。
 
その姿を見て「この人には勝てそうにないな」
とも思いました。
 
でも、ディズニーの仕事はキャストだけではありません。
裏方を含め、いろいろな業種があります。
だから、まだ完全にあきらめてはいませんでした。
 
応募用紙を出し終え、私はその場を後にしました。
 
会場には、とにかく本気でディズニーで働きたい人たちが
たくさんいました。その熱量に圧倒されながら、
「自分に声がかかることはあるのだろうか」と思い、
半分はもうダメかもしれないという気持ちで、
ディズニーリゾートラインに乗って帰路についたのを
覚えています。
 
車内はカップルや家族連れがほとんどでした。
その楽しそうな姿を見ながら、もし採用されたら、
この人たちの夢を壊してはいけない。
自分は裏側を知る側になるのだから、徹底して仕事に
徹しなければいけない。そんなふうに、ひとりで
覚悟を決めていました。
 
当時のディズニーのアルバイトは登録制で、欠員が出たら
順次声がかかる仕組みでした。希望職種は出せますが、
やはり人気の職種は倍率が高く、お掃除やセキュリティなど
であれば、比較的早く採用されることもあると直接聞かされました。
 
今思えば、あの面接で強く感じたのは、ディズニーで働くという
ことは、ただ好きな場所で働くということではなく、誰かの
大切な一日を支える側に回る覚悟を持て、ということだったと
思います。
 
つづく

2026年5月16日 (土)

グレーを視聴者に委ねる

ネトフリが面白い。
 
地上波ではスポンサーや放送コードへの配慮から難しい描写も、
配信作品では比較的ためらいなく描ける。その自由度の差は大きい。
 
エロ、グロ、バイオレンスは、使い方を誤ればただの刺激物だ。
しかし適切に用いられれば、物語の表現の幅を大きく広げる。
官能的なものは官能的なままに、醜いものは醜いままに、
そして目を覆いたくなるような残酷シーンも、待ったなしで
やってくる。
 
そこには、地上波でありがちな型にはまった勧善懲悪とは違う面白さがある。
浮世では善と悪にきれいに分けられるものばかりではない。むしろ、
ほとんどのものはグレーの中にある。その曖昧さを無理に裁かず、
視聴者に判断を委ねる。それこそが配信作品の大きな魅力だと思う。

2026年5月15日 (金)

男子長髪あるある

ヘアドネーションの話題を出しましたが
ここまで伸ばすのは本当に大変でした。
 
多様性がすすむかたわらで
男の長髪には、いまだに偏見が根強くあります。
 
男の長髪、
社会的に成功している人ならこだわりや個性として
受け入れられる一方で、そうでない場合は「だらしない」
と見られがちです。
 
知人が言っていました。

「葉加瀬太郎はバイオリンがうまいからおしゃれに見える。
そうじゃなかったら、髪ボサボサのおっさん」
 
少し乱暴な言い方ですが、本質をついているかもしれません。
わたしとしては、ここでジェンダーやら権利を主張するつもりは
まったくありません。
だってそう見えてしまうんだからしかたないじゃないですか。
それだけです。本当にそれだけ、苦労も笑ってすませたいんです。
 
殺伐とするのいやなので、
男子長髪あるあるランキングで終わります。
長髪男子がよく言われる(実体験)セリフです。
 
第3位
「綺麗な髪を分けてほしいわ〜」

女性の気持ちは理解できるようになりました。
長い髪は手間がかかります。乾かすのも本当に大変です。
スポーツもおっくうになりますよね。
 
第2位
「いつ切るの?」
 
男子長髪で最もよく言われる言葉のひとつです。超あるあるです。
近いうちに切ることを前提にした設問です。
 
第1位
「なにか音楽やってるの?」
 
めちゃくちゃ高確率で言われます。
やっていないと答えると、少し期待を裏切ったような空気になり
申し訳ない気持ちになります。一応、ピアノを弾けますが
趣味にすぎません。
 
また伸びてきた髪を見ながら、もっかい伸ばそうか悩み中です。
今日は以上になります。

2026年5月 4日 (月)

骨董店2

通勤経路が変わり、店のことはしばらく忘れていた。
半年ぶりに前を通ると、骨董屋は閉まり、貸店舗になっていた。
 
奥さんも、井戸も、もうなかった。
偏屈な店主には、結局一度も会えなかった。

骨董店

近所の骨董店に、古い井戸が置いてある。
毎日通りがかるたびに目に入る。
店主の私物で、売り物ではないらしい。 
 
今は、こうしたファジーさを楽しめる店が少なくなった。
通っているうちに、いつか、ふいに譲ってくれることもあるかもしれない。
 
でも実は、その店主に一度も会ったことがない。
経緯はのすべては、軒下で店番をしている奥さんから聞いた話だから。
私の中ではすっかり、古い井戸を手放さない、たいそう偏屈な店主に仕上がっている。

2026年4月 4日 (土)

愛妻家

小松くんは愛妻家である。
小松くんは愛妻家ゆえ、車の運転席に奥さんの写真を飾っている。
 
少し怖いと感じるのは、その写真でスピードメーターが隠れていることだった。
 
「小松くん、これじゃ何キロ出してるか全然見えないでしょ」
 
「見えませんけど、奥さんの顔は見えます。『安全運転して帰ってきてね』って言ってます」
 
小松くんは僕の後輩で、結婚五年目になる。
会えばだいたい奥さんの話をしている。愚痴のようで、最後まで聞くとたいていのろけで終わる。
 
でも僕は、その奥さんに会ったことがない。
だから彼女はいつも、小松くんの言葉の中にだけ登場する。
 
甘いものが好きらしい。やきもち焼きで気分屋らしい。小松くんはよく怒られているらしい。
そして小松くんは、それをうれしそうに話す。
 
ある夜、小松くんから連絡が来た。
 
「先輩、ドラッグストアってトマト缶売ってますかね?」
 
この用件に、僕は関係あるのだろうか。
 
「あるんじゃね?」
 
適当な返事をした。
 
「奥さんがパスタ作ってくれるんですよぉ~~~(#^^#)」
 
なるほど。
  
「先輩も行きますよね?」
 
「えっ、僕は必要?」
 
「久々に会いたいんですよおぉ」
 
小松くんの中では、もう決定事項らしかった。
  
「わかった。じゃ、二十時にウエルシアの駐車場で」
 
そう送ると、少し間があいて、また連絡が来た。
 
「先輩、今日機嫌悪いんスか?」
 
「なんで?」
 
「だって顔文字が少ないから(´;ω;`)ウッ…」
 
二十代の男同士の会話で、顔文字の量をもって機嫌を測られるとは思わなかった。
 
「あー、ごめんごめん。使い慣れてないだけ。全然普通だよ。怒ってないよ。
(((o(゚▽゚)o)))」
 
いいかな、これで。
 
「( *´艸`)」
 
満足したらしい。
 
僕はガラケーを打つ手をちょっと止めて思った。
 
小松くんはたぶん、奥さんにも、こういう調子なのだろう。
彼が愛されている理由も、愛妻家である理由も、よくわかる。
 
怒られたり、頼まれたり、振り回されたりしながら、
すべてひっくるめて幸せなことなのだと思う。
 
ドラッグストアの駐車場へ向かうと、小松くんの車はもう先に来て止まっていた。
小松くんの車は、国産車にしては鮮やかな赤色をしている。
その赤は、ただ派手というより、迷いがなかった。
  
「なんでトマトのカンカン? 野菜じゃだめ?」
  
「ダメです! 奥さん、甘いのが好きなんで。一緒に選んでください!!!!」
  
つづく。

2026年2月 9日 (月)

ヘアドネーションしました

先日の衆議院選挙で躍進した
チームみらいの安野さんの髪型(長髪)が話題です。
 
ネット界隈ではあまりその理由を知らない人が多いようですが、
私も安野さんと同じ理由があって髪を伸ばしていました。
「ヘアドネーション」をご存じでしょうか。病気によって髪の毛が
抜けてしまった子供たちのために、自らの髪の毛を寄付し、
ウィッグにする活動です。

私も昨年、約5年間伸ばした髪を31センチほど切って寄付しました。

一昨年、私は父をがんで亡くしました。その闘病生活は
父にとっても、私や家族にとっても言葉で言い表せない
壮絶なものでした。自分にも何かできることはないか
考えましたが、治療はお医者様に任せるしかありません。何もできない
自分に悔しい思いが募りました。
 
そんな中、直接、父の治療には繋がらないが、同じように
小児がんなどで髪の毛が抜けてしまった(多くは抗がん剤の影響です)
子供たちの役に立てればと考えました。ですから私は髪を伸ばし
痛まないよう毎日のケアにも留意し、ようやく既定の長さを得たので
カットして寄付することができました。
 
多様性が進んだ昨今とはいえ、男で長髪は珍しいです。奇異にも見られます。
多くの人たちは、私や安野さんが長髪でいる理由を深くは知らないものです。
あるいは調べたり尋ねたりして知りたいとも思わないでしょう。

でも、それでいいと思っています。

2026年1月16日 (金)

正月十四日(ノンフィクション短編小説)

正月十四日。
境内には冷たい空気と反して、お焚き上げの炎が勢いよく燃えていた。
どんど焼きは、去年一年の願いを天に返す日だ。
 
私はその火のそばで、人々から縁起物を受け取っていた。
古い破魔矢、色あせたお守り、少し傾いたしめ飾り。
どれもが、誰かの思いをまとっている。
 
そのとき、笑い声と足音が境内に弾けるように響いた。
近所の女子高のジャージ姿の女子高生が五人。
真冬だというのにハーフパンツで、褐色の肌がまぶしいほどだった。
胸に抱えているのは、大きなだるまだ。
 
「お願いします!」
 
差し出されただるまは、ずしりと重かった。
 
私はそれを火の中へ、そっと入れる。五人の見つめる中、
炎が一気に燃え上がった。
 
「あーーー! 燃える燃える!」
 
歓声とも、嗚咽ともつかない声が上がった。
誰かが一瞬、唇を噛んだのが見えた。
 
「インターハイ出場」と書かれた、片目のままのだるまは、
ゆっくりと灰に崩れ、やがて見えなくなった。