井上貞衛中将 陸軍将軍データベース

井上 貞衛(いのうえ さだえ)中将
第十四師団長。パラオ地区守備総司令官。
 
経歴
明治19年11月5日生
高知県出身。陸軍士官学校20期
明治41年、歩兵少尉任官後、歩兵第53連隊付、
 
歩兵第44連隊中隊長としてシベリア出兵。同隊連隊副官
第11師団付、歩兵12連隊大隊長、歩兵第10旅団副官
横濱高等工業学校配属将校、独立守備歩兵第三大隊長などを歴任。
 
昭和11年8月、第五連隊長、
昭和14年3月、少将。台湾軍付、台湾軍兵務部長
昭和17年4月1日中将。同年4月第六十九師団長

第十四師団長
昭和18年10月1日より第十四師団長、

パラオ地区守備の総司令官となる。
 
昭和19年3月より
十四師団司令部をコロールのちパラオ本島に置いて
ペリリュー島、アンガウル島の防衛の指揮にあたる。
同年11月、両島玉砕。パラオ本島(バベルダオブ)でも
徹底抗戦に備え防備を厳とする。バベルダオブ決戦で
自ら玉砕を覚悟するも上陸戦が行われることなく終戦を迎える。
 
昭和20年9月、米海軍護衛駆逐艦「アミック」艦上で
多田参謀長とともに降伏文書に調印する。
B-24爆撃機より落下傘降下した米兵捕虜殺害容疑
BC級戦犯指定を受け逮捕、グアム海軍軍事法廷で裁かれた結果
絞首刑判決。
 
ただし裁判は戦勝国にものであり、
判決は、必ずしも公正無私ではないことを前提とする。
のち終身刑に減刑され、釈放。
昭和36年10月26日、病没。