愛妻家
小松くんは愛妻家である。
小松くんは愛妻家ゆえ、車の運転席に奥さんの写真を飾っている。
少し怖いと感じるのは、その写真でスピードメーターが隠れていることだった。
「小松くん、これじゃ何キロ出してるか全然見えないでしょ」
「見えませんけど、奥さんの顔は見えます。『安全運転して帰ってきてね』って言ってます」
小松くんは僕の後輩で、結婚五年目になる。
会えばだいたい奥さんの話をしている。愚痴のようで、最後まで聞くとたいていのろけで終わる。
でも僕は、その奥さんに会ったことがない。
だから彼女はいつも、小松くんの言葉の中にだけ登場する。
甘いものが好きらしい。やきもち焼きで気分屋らしい。小松くんはよく怒られているらしい。
そして小松くんは、それをうれしそうに話す。
ある夜、小松くんから連絡が来た。
「先輩、ドラッグストアってトマト缶売ってますかね?」
この用件に、僕は関係あるのだろうか。
「あるんじゃね?」
適当な返事をした。
「奥さんがパスタ作ってくれるんですよぉ~~~(#^^#)」
なるほど。
「先輩も行きますよね?」
「えっ、僕は必要?」
「久々に会いたいんですよおぉ」
小松くんの中では、もう決定事項らしかった。
「わかった。じゃ、二十時にウエルシアの駐車場で」
そう送ると、少し間があいて、また連絡が来た。
「先輩、今日機嫌悪いんスか?」
「なんで?」
「だって顔文字が少ないから(´;ω;`)ウッ…」
二十代の男同士の会話で、顔文字の量をもって機嫌を測られるとは思わなかった。
「あー、ごめんごめん。使い慣れてないだけ。全然普通だよ。怒ってないよ。
(((o(゚▽゚)o)))」
いいかな、これで。
「( *´艸`)」
満足したらしい。
僕はガラケーを打つ手をちょっと止めて思った。
小松くんはたぶん、奥さんにも、こういう調子なのだろう。
彼が愛されている理由も、愛妻家である理由も、よくわかる。
怒られたり、頼まれたり、振り回されたりしながら、
すべてひっくるめて幸せなことなのだと思う。
ドラッグストアの駐車場へ向かうと、小松くんの車はもう先に来て止まっていた。
小松くんの車は、国産車にしては鮮やかな赤色をしている。
その赤は、ただ派手というより、迷いがなかった。
「なんでトマトのカンカン? 野菜じゃだめ?」
「ダメです! 奥さん、甘いのが好きなんで。一緒に選んでください!!!!」
つづく。

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