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2024年8月15日 (木)

ピカピカのゴム長靴 ~終戦の日に寄せて~

朝から良く晴れた8月の日だった。
 
栃木県大沢村に住む少年、征二は小学校へ向かう道程、
ひとりだけピカピカのゴム長靴を履いて、とても気分がよかった。
 
それは、先週の配給切符で当選したもので
戦争もいよいよたけなわ、配給制度も
同じ物品が等しく行き渡らない為か、各々、家庭ごとで
当選する物に差異があった。
だから運よく当選した新品のゴム長靴だった。
 
倉掛山の向こう、宇都宮の街は先月に空襲を受け、焼けたらしい。
大人から聞いたが話だが、ここ大沢村はのどかで、
征二は今日も級友とともに猪倉小学校へと通うのであった。
 
こんな晴れた日に、それも
サイズの大きい、大人用の長靴をブカブカとビッコ引くように
歩く姿はちょっとおかしく映ったかもしれないが、
 
ピカピカの新品のゴム長靴。征二は嬉しくてゝ仕方がなかった。
 
その時だった。太陽を背にして、敵戦闘機が機銃掃射をしながら
突っ込んできた。のどかだった通学の風景は瞬く間に修羅場と化す。
 
子供らは散り散りに、戦闘機から逃げ、征二もそれにならった。
 
敵戦闘機は一航過、二航過と、機銃を浴びせると
ふたたび空へ舞い戻って行く。そして旋回。機首をこちらに向けて
また来る、まだ来る。轟音が近付く。
 
いつもは神妙な心持ちで通るお地蔵様の前を
全力で駆け抜ける。
 
あと少しで身を隠せる杉林に着くが間に合わない。
今度こそお陀仏かと覚悟した。
ところが戦闘機は撃たない。音が遠ざかって行く。
 
汗をぬぐう間もなく仰ぎ見る、遠くの青い空、バンクした翼に
日の丸を見た。
 
それもせつな、敵戦闘機ともども、二機はあっという間に
鞍掛山の向こうへ消えて見えなくなった。
 
征二は命を拾った思いだった。その場に座り込んでしばらく動けなかったが
ふと、足元に目をやると、配給で貰った新品のゴム長靴が輝いていた。
 
細かいところまで憶えていないが、こんなブカブカのを履いたまま、
ゴム長靴惜しさに命まで懸けてよく走ったものだ。
ひどい戦争に巻き込まれているのに
なんだかおかしくて、笑いが止まらなくて、征二はひとしきりに腹抱えて
笑い転げたあと、立ち上がって、小学校へ歩き出すのであった。
 
昭和20年8月。
  
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このエピソードは篠原が叔父から聞いた実話を
再構成したものです。終戦の日に寄せて
先の大戦で命を失ったすべての方々へ
顕彰と追悼を込めて。
 
令和6年8月。

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