黎明の蛍(短いバージョン)
誰も知らない
叔父が話してくれた本当の話です。
昭和20年初夏、少年だった叔父は
知覧飛行場で掩体壕を作っていました。
掩体壕の近くにはボロボロの隼があり、
機体を一生懸命、修理する整備兵と、その様子を心配そうに見守る
若い少尉さんの姿がありました。
暫くして叔父に気付いた少尉は、こちらに近寄り
勤労奉仕についての感謝を述べると
「俺には君位の弟がいる。そっくりで他人の様な気がしない」
と言って喜びました。
「少尉さんは、あの飛行機で行くの?」
叔父が尋ねると少尉は
「ああ、あの飛行機で行く。今は調子悪いが、明日朝はきっと」
そう答えましたが
隼はつぎはぎだらけで
真っ黒な煙を吐き油も漏れています。
叔父は首を振りながら
「少尉さん、あれじゃダメだ。敵艦迄届かんよ」と言いました。
少尉の顔が少し険しくなったので
叔父は一瞬殴られるかも知れんと覚悟しましたが
薩摩言葉で必死に続けました。
「少尉さん、わりこちゃ云わんで、途中の島におりやい!
あん飛行機じゃ無駄死にやっど!」
すると少尉さんは笑顔を浮かべて言ったのです。
「そんな卑怯なまねは出来ない。たくさんの仲間も先に行った。」
「確かにあの飛行機で敵艦に突入するのは難しいだろう。
しかし君達に落ちるであろう弾を一発でも多く吸収して死んで行くから
無駄死にと言わんでくれ」
「明日、明け方だ。開聞岳に向かって飛ぶ飛行機があれば、
それは俺たちだ。見送って欲しい」
果たせるかな黎明前、蛍のように青白い炎を排気管から吐きながら
隼は一機、又一機と滑走路を離れ、空へ消えていったそうです。
明るくなって、もしかして少尉さんはまだ居るんじゃないかと
必死に探し回りましたが
あの隼も、少尉さんの姿もどこにもありませんでした。
別れ際に貰った飛行帽を叔父はずっと大切にしていました。