大野さん原文

彗星はほとんど死んでます。
一番確実に敵をやっつけたのが艦爆ですからね。

1Aが一番最初
いちえーでしょうね。

1Pがその次に出てきた。
13(ワンスリー)は空冷です。
みんなワンがついてましたね。

古い人はみな彗星に乗っていた。
私ら岩国で九九から練習した。

戦争映画見ておられますか。
特攻隊が突っ込みますね。
角度が25-30度未満ですね。

下から
撃ちやすい。ひとつの船でなく
全部の船から撃つでしょう。

体当たりする前までに落とされてしまう。

私は特攻の批判をやってます。

そんな角度では確率が悪い。

零戦の特攻隊はほとんど成功していない。
2-3%くらいちゃいますか。
偶然のような感じ。

彗星は60度
感じとしては真横からみたらですよ。
ちょっとこちらから見たら垂直に見えるんですよ。

乗ってるほうは完全に垂直ですよ。
座席から重心が前に行く。
真っ逆さまですね。

弾幕や雲の間を縫って降りる。

敵艦隊
あーっというまに弾幕の間から出てきて
爆弾を落とされる。

弾幕は1000mから2000mの間ですね。
本当の弾幕と薄いのがありますね。
薄いのは500-600くらいまであります。

一番戦果あげたのは彗星でしょうね。
確率はほとんど、知りませんけどね
知ってる範囲では彗星の特攻は知りませんよ。
彗星は60-70%の確率あったんじゃないですか。

銀河や艦攻やってますけど
角度が浅く落とされてしまう。

敵が撃つのも難しい。仰角で撃ちにくい。
そこで蛇行している。

操縦席にはタマがある。ぎょほうが。
中に水銀のタマ。それが水平儀の中心にこないと駄目なんです。

タマが右にずれている場合は飛行機は左に滑っていると。
滑るということは、200も300もずれて爆弾が落ちる。
つねに、水をコップについでこの水がこぼれんように
持っていくというのがコツ。

だから弾幕と雲の間を縫いながら、体がこうならんように。
横にふれんようにもっていくのが難しい。
その訓練をずっとやる。

一朝一夕ではそこまで到達せない。

失礼かもしれないけれど
予科練いう飛行機乗りは
私ら予科練いわなかった。

予科練の過程で飛行機に乗せられて
飛行機の操縦は難しいものでは無い。
一ヶ月あれば飛べるようになります。そういう操縦員がやっても
そうそう弾はうまく落ちるもんじゃないんです。
それをいっしょくたに。

 

引き起こしを。

50-60秒。
一秒間に140-150m落下。
最後はブレーキ。

エアブレーキ。
九九艦爆は翼に。彗星は脚についている。
空戦フラップと呼んでおりました。
ブレーキとは呼ばず。空戦フラップを使えば
零戦と変わらないひねりこみができた。

彗星は4-5トンありました。
翼面荷重、翼面が頑丈。
零戦より??トンほど重い。

ブレーキは3000-2000にはかけてます。
戦地ではブレーキかけますけどね。
かける時期は感じなかった。

身体で感じる。振動がダーっと出てくる。
スピードメータも見ません。
感覚だけですね。

だから訓練の時は650。
遠心力で350ほど落下するんで、

待避高度が300くらいですね。
それが戦地では撃ち落されると。

先輩が「そんな正直にやっとったら殺される」

みんな落とされてる。

同じ速度でも
高いところでは敵も照準しやすいでしょう。

私のときは
弾幕が低かったんです。
気付いたら650どころの騒ぎじゃないんですよ。

引き起こしで海面スレスレ。
だから落とされなかった。

弾着はわかりませんよ。

爆弾を投下して、すぐ引き起こす。
0.何秒前

Gが凄い。
血圧も1000以上ですよ。
普通の人間は死んでしまいますよ。

30度ダイブくらいからならして。
一週間、10日かかってだんだん40度と
きつくしていって。

メーターはありませんので
わかりませんが6G人間生きられない。

どんなにとじていても
顎はあきます。

骨だけ残して、身だけ剥がれる。
上の瞼が下がってきて見えない。
目の前も暗くなる。

慣れてきたらどうもなくなります。

ユンカースの話。
急降下する角度と速度は彗星は負けてない。

彗星は遊就館にありますが
涙が出ました。
あの飛行機はイミテーションでなく
実物に「近いですがあちこち補修してますからね
ダンピなんか付け加えた。

爆弾倉は中へ抱えてました。
それで進入いうときに開けるんです。
腕の先にばくだんつけて投下と同時に
爆弾を下におろしてから投下。

中翼ですからね。

水と油のね
温度管理。

急降下するときはフラップ全部閉める。

1分間の間に冷える。
トーン(シリンダーの温度)が100度以下になってしまったら
エンジンストップしてしまう。

フラップ閉まる。

起したら今度は開ける。
それを忘れるんですよ。敵に追いかけられるとね。
逃げるのに精いっぱいで。

私もよく追いかけられました。
待ち構えているように。

速かった。戦闘機よりも

飛行機そのものと落下速度をプラスする。
降りてエンジンを全開にすると
プラス。

グラマンがなんぼ早くてもおいつけない。

300ノットは出ます。
1秒間に150メーター。

グラマンが
300ノット出したら空中分解しますよ。

 

彩雲も速いが構造がちがう
彗星はGに耐えられる。

きょう、どこで空中分解したと情報が入る。

零戦は3G以上で空中分解しますよ。
それで30度のダイブしかできない。
60度だしたら一発ですよ。

ブレーキついてない。落下していたら
エンジンなんぼスローでも加速し続けますから。

 

そもそも零戦が艦爆のマネしたから駄目なんです。
あの作戦をねったひとは無知で無能です。

爆撃は8回以上ですよ。

それに索敵。
しょっちゅうやってました。

艦船ばっかりですよ。
一回だけパラワン島のフェルドプリンセス

7回は艦船爆撃。
飛行機は弾だらけですよ。

レイテは3べんいってます。
オルモック湾が2回。

リンガエンが一回。

台湾沖

台湾沖のとき
雲を抜けると輪形陣のど真ん中。
それでも狙えますよ。
そのときは巡洋艦クラスですね。

黒い船の模型で覚えるでしょう。
戦地で突っ込んでもわからんですよ。

何もないですね。
敵が来たら右へ左へ逃げる方向を指示してくれますから。

ダイブのときはペアは高度を読み上げて行きます。

メーターはね、
1000のときにメーターをつけるんです。
500のときはメーターつけないんです。

6500、6000メーター、5500、5000メーター

積乱雲にはいった思ったらそれ以降は全然見えなかった。(隊長機)
気流が上下なんです。上昇気流と下降気流。
いっぺんはいったことあります。すごいですよ。

彗星だったから大丈夫やったと思います。
右も左も上も下もわからなくなります。

計器がグルグル回りだして

高度が5000で10000で二回目回る。
短針が5000でゼロ。長針がブルブル回る。

青いのがパっと見えた。
これが空やと思ったら
海でしたん。

姿勢を直した。

飛行機にのっとったら上も下もわからなくなるんですよ。

スティックを前に押したら
スピードでるのにそれが落ちる。
あっつ、これ逆や思って直したら海やった。
それで出た。

ネグロス島から
マバラカットへ帰る途中やった。

出撃のときじゃないんです。

飛行機の尾翼がねじれていました。
リベットがはずれているんです。
積乱雲はこわいもんと思いました。
内地と南方では違う。

操縦桿ギュー握っていても
身体が振り回される。
言葉では説明できませんね。

10人突っ込んだら9人は出てこれない。

その話したのはじめてですよ。

ちょうど燃料パイプ、裸で出てますからね
お札を金毘羅さんのお札をさしとったんですよ。
そのお札は飛行機ごと燃えてしまいましたが。

積乱雲に突っ込んで足で踏んづけている時間に
親が金毘羅さんにお参りにいっとる、
石段のところでごはんたべよった。

流星

40分

634が761が763にかわったときは15日内地におりましたが
雷電、紫電は見たことあります。
J改言いましたが。
月光は知ってますよ。
あとは銀河。私ら15試陸爆いいました。
彗星は13試艦爆。

台湾(台中か台南)行って降りて燃料
フィリピンへ向かう。マバラカット何べんも往復しとる。
クラークフィールドは飛行場がものすごく
飛行場郡ですね。10以上あるんです。
どれがマバラカットの東か西かわからないんです。
私は索敵や攻撃でよく知ってるんです。

その頃のは
位は上でも新米ですね。

761はミッドウェイやハワイの生き残りばかり。

はじめて飛行場いくいうたら
プリント一応もらうがわからない。
リンガエンまでは行って

先頭にたってね、マバラカット上空でバンクするんですよ
するとみんなそこへ降りる。

あるとき
ツーっとおりてゆく、
14、5機の紫電が来て
グラマンと間違えて逃げたんですよ。

みんなびっくりしてバラバラになって。
怒られました。腰抜け野郎いわれましてね。

特攻の話
46:47

かしま、かとり、こうざき、みなとがわですね。
神社ですか。こうざきは知りませんが。

こうざき隊の隊長で。

エピソード

それで
お椀に
おあぎとお神酒をめんこに一合よばれまして。
解散。待機せい。
鹿島がでた。30分おきに出る予定。

香取がエンジンかけて出るいうときに
鹿島隊から
「天候不良のため敵艦見失う」と打電があった。

ちょっと待て、エンジンかけたまま
だったのを切って一度降りたんです。

ぜんぶ「地上にならべてあった。

9-10時こといつも来ていた米機が
そのひに限って6時頃きた。
ぜんぶやられて。無線傍受せれていたのでは。

鹿島は帰ってない。
そのまま突っ込んだのかしらん。

3機編隊ずつ、11機か12機。
3機編隊で最後が2機か4機か。

彗星は護衛の戦闘機つかない。
私ら零戦と一緒に行動したことないですよ。

その点、
彗星は名機ですね。

 

九九艦爆なんかは零戦は直衛なんですよ。
ラバウルの話聞いたんですよ。

むこうは戦闘機きますね。

九九艦爆、彗星も上がって

6番3号爆弾を9000メートルから空中炸裂。
敵がバラバラになったところをゼロ戦がいって落とす。

 

「明日特攻へ行ってくれ」

だいたい予測はしていた。
「特攻隊志願する者」
手を上げた。

募集二週間ほど前にあったんです。

前の晩に聞いた。
くるもんきたなあ。
今考えると、明日死ぬゆうのに
そんなに悲壮感なかったですね。
遺書を書きました。

55:00

燃やされて

それがね
普通、燃やされて長生きしたと思う。
なんで殺してくれんねんと。
邪魔すんねんと。
それは確かです。

その晩まで一言も誰もじゃべらない。飯を食っても
誰も一緒でした。

2、3日したら内地から飛行機が来る。

オルモック湾の通常爆撃で。

特攻機は赤い札がぶらさがっている。
しけいげきはつ

飛行機に乗ったまま雷管ずーと
げきしんが近付く。
普通、それを離しておく、離陸するときに
石があたったりして誘爆するから。

飛行機のったまま風車抑え
げきしんがらいかんの前まで来る。
だから突っ込んだ時に爆発する。

761か763に編成替えして
田んぼへ不時着。

もう一機は見ると影も形もない。

玉音放送聞いてない。

私らの終戦は8月20日です。
日本は休戦したと聞きました。

オーストラリア兵が来て武装解除した。
北ブルネイのケインごうという秘密工場で
ケニーからビリーの収容所まで鉄道で。

1時間02分

彗星は
ほとんど生き残ってないでしょう。
一番重宝された。

100パつ100中で。

予科練で使ってない。
Gに慣れるまでの期間があるでしょう。
そういう技術。

彗星だけは

私は
ゼロ戦と銀河(15試陸爆)を志願したんですが
両方はねられて、艦爆へいたんです。
それまでは徳島で3ヶ月教員したんです。
そのとき機種決まってなかった。

辞令で634に転勤。
艦爆乗れいわれた。

駅から飛行場までの4キロ近道あぜみち歩いていたら
なんか急にブワーと飛行機が上を飛ぶんですよ。

あれが彗星やなあ、はじめて彗星を見た。

え?と思って。

上でキラっと光る。次がまたキラっと光る。

怖い怖い。

1分間ほど息せずに
おりてきてエンジンスローでまったく音しない。
それが引き起こしでエンジン全開で我々の真上を

「ああ、あんなん乗せられるのか」
正直、「殺される!!」と思いますね。足がすくみました。
いよいよ岩国の飛行場行って。

九九艦爆で最初は訓練を。

こっちからみたら60度でも垂直で
全然音がしないんですよ。

ペアはずっと一緒でした。

ネグロスからセブ行って
ミンダナオのカナヤにいってデング熱になって

セブで761、761はダバオへ集結せよと
命令。

艦攻に乗せて貰って行ったんです。
ミンダナオにデング熱運んできたとボロクソに怒られた。
入院するつもりでおったらカナヤか
デグスに行く便があって
ダバオにおろしてもらうつもりでいったんが
飛行場の端で燃えている。聞いたら96陸攻が燃えている。
集結したのが定員オーバーで離陸できず、

そのときにのっとったんです。別れてしまったんです。

うちの息子も娘も全然戦争の話は
「え?お父さん飛行機のっとった?」
ですよ。

話したことまったくなかった。
最近になって。講演依頼が。

戦争の話だけはしたくないんですよ。
私、20年の2月頃から
終戦まで戦争してないでしょう。
レイテでも苦戦したけど一番、非常に辛い
飛行機のりが一番死んだ時期に私は参戦してない。
それが後ろめたくて。

当時満年齢で17歳。
当時は数え年で。

私は復員してから海外ひとつも行ってない。

一度だけ北海道へ行ったとき怖くて。前の晩眠れなかった。
これ不時着したら全滅やなあと。
他人の操縦する飛行機が怖くて。

日本航空にナカシマイワオという操縦士がおった。
私が3ヶ月の間に教えたんです。
優秀やった。

復員してから

日本航空の試験受けたいと言って受けた。
そのツテでなんとか飛行機に乗りたいと。
当時はアメリカ人ばかりだった。
日本人は採用せいへんと。

日本ヘリコプター「日ペリ」いうた。極東航空
そこなら紹介しようと。そこを受けて。

そこ受けたけど返事が来ない。
落第だったかな?

実は返事きとる。
極東航空で試験するいうから来いいうて。

母親が手紙見せんかった。
せっかく命拾って帰ってきたのにもう飛行機乗せたくないいうてね

それまで親に逆らったり文句いうたことなかった。
そのときは言いましたで。
どうしてくれんねん言うて。

一回のフライトで100円。

 

県警本部の捜査課に入る。
初任給4千円。

九九はね重たい飛行機でしたね。
脚が出てますしね。

艦爆いうたらハワイで活躍した。

ゼロ戦の人がねハワイで
九九艦爆が急降下するのを見て涙が出たと。

その位勇ましかった。
飛行機の中で艦爆が一番過酷なんですよ。

頭が下がりますよ。
実際乗ってる同僚の見たら感激するぐらいですから。

私は10回不時着した。

九九艦爆で1回。

彗星で9回。

九九は艦隊運動エンジンのシリンダーが割れて炎が出て
海に着水した。

彗星は海に一回と
艦隊運動の訓練でオイルコックがはずれて
正圧がかかって出てしまって、風防が真っ暗。

岩国では家に飛び込んだ。それは私のミス。
スロットルとACとガバナーとみっつレバーがあるでしょう。

ガバナーがね、
離陸のときに低ピッチにしとく、

自動変速ですね。変速は変速するんですが
おおまかな変速は低ピッチと高ピッチと
レバーを操作する。

なにかにひっかかって戻ったんだと思います。

2500メーター岩国飛行場

500メーターで動かないかんのが
2メーターか3メーターで橋の下通って
村の家の裏から突っ込んでしまった。

田園調布の事故と同じ。
あれはレバーの操作ミスと思います。
高ピッチ。高ピッチやと回転でない。
離昇馬力いうのは低ピッチですからね。

普通の音と違っていたと
いつもの爆音とは違う。
回転が違っていた。
低い音。

高い音なら
プロペラの音が混ざっていますからね。
私、瞬間に思いました。

家は海軍さんがたてかえてくれた。
えらいもんですよ。

燃料タンク撃ち抜かれたけど
白い霧でした。にへんとも。

九九艦爆は脚があるから
着陸する前に立って、風防をとめて
身体を出して
ケツのほうから海に。つんのめるでしょう。
100メートルふっとばされて。

彗星は中翼ですからね
海面で1、2、3、5つぐらい勘定する間浮いてました。
それで飛び降りて。

九九艦爆は怖かった。
舞鶴鎮守府のカヤ(駆逐艦)に助けてもらった。

 

60度62、3度が限度ですね。
それ以上は起きないんですね。

訓練中に小西兵曹

入るときは30度くらいで入る。
エンジンに沿わして標的をずらしていく。

はじめから60度でダイブすると浮力がついて90度になってしまうんでね。

目標に対してだんだん深くなるんですよ。
9000-7000から。
放物線を描く。

戦地では6000-6500ぐらいですね。
必要ない高度。

6500から燃料ものすごいくうんですよ。

60度は2000-1500ですね。

むこうは特攻やと思って逃げたんですね。

海面スレスレ
眼鏡くもってしまう。開けてますけどね。

練習では
敵の飛行機発見しやすいように
茶色の眼鏡をかける。
ビール瓶のような。潜水艦もよく見える。

湿気で眼鏡が曇ってしまいます。

ラジエターで空気
油温のフラップ

 

---------------------------
別の日のインタビュー

 

6000-7000もしくは8000メートルからの
60度ダイブ。2分間くらい落下
爆弾を投下して引き起こす。
搭乗員の中では最も過酷。

艦爆は6G、7Gかかる。
飛行機乗りの中でも肺や心臓が強くないと乗れない。

 

九九艦爆は訓練で3ヶ月乗った。
スピードも出たんですが
3月くらいにエンジンのかかりが悪くて苦労した。

実戦は全て彗星。
俗に言うワンピー、ワンエー、ワンスリー
資料をみると一一型とか。

彗星は性能が良くて
ユンカース以上に良いと評判で
その通り非常にスピードが速い。
P-38とかシコルスキー、グラマンが追いかけても
さっさと逃げる事の出来るスピードがありました。
公称としては280ノット
事実戦争では300ノット以上(555キロ)出しました、
そうでないと待避できません。そうせ落とされるなら
飛行機が壊れるぐらいまで走れといいました。

九九艦爆で隼鷹で着艦訓練。
我々四航戦、伊勢、日向、隼鷹、飛鷹、龍鳳、
豊後水道で全速力
一点着艦(タッチアンドゴー)の訓練。
またエンジンをかけて、着艦は行わず。

彗星は九九艦爆に比べて胴体が細くてスマート
スピードが出ると思いました。

先輩から
「大野兵曹、どんなつもりで突っ込んでおるんじゃ」
と聞かれ
「規定通りの650まで突っ込んだりしたら落とされるぞ」と脅された。

私は事実上、7000からダイブに入った。
雨のような弾幕をくぐって
その弾幕が抜けて視界が開けたとたん、びっくりしたのが
輪形陣の大きさで、そのど真ん中に突っ込んでおった。

そのときは650過ぎて200メートルほどまでおりていたんです。
引き起こしても350ぐらいは沈む。
機首は上がっているが遠心力で沈む。

350から370ほど引くと200メーター。
それで助かった。
先輩がほとんど落とされて帰ってこない。
私は帰ってきた。
帰ってきたら10発ほど撃ちこまれていた。
入ったところと出たところと。
2で割った数。動翼(フラップ等)に被弾したのでそのままダメになった。

台湾沖では
60名のうち40名が戦死しました。
戦果が報道されましたが
我々は最低だと思いました。

1000ぐらいで引き起こしたものはみな落とされたと聞きました。
1000で引き起こすということは650-700ぐらいで艦隊上空を通過します。
狙い撃ちされる。
グラマンにやられたものはほとんどおらないと思います。
弾幕を張っているときは自分の戦闘機も飛べないので。

艦橋で機銃を持っている兵隊が伏せるのを見た。
一秒間に150メーターもいくので照準えきなかったんでしょう。

レイテオルモック湾に4、5回行ってギリギリまでおりた。
すると助かる。

対空砲は凄まじかった。
高速乗って自動車の風防に当たる。
あれと同じ。曳光弾と似てる。いつも思い出します。
3発に一発であとは徹甲弾と焼夷弾。

目をまともにあけられない。恐ろしい。
そうせ死ぬなら
行くときは何も思わない。
帰ってきてから「ああ、いきとった」と思う。

丘をスレスレで超えて爆撃に行った。
飛行場に居た兵隊がくものこ散らすように逃げた。

レイテ

敷島隊のニュースを旅館で。
特攻機のことをハンダ付けと言っていた。
ハンダ付けとうとうやりだしたな、と。

名古屋のころもに飛行機受領し
岩国に戻り634k解散。
761編入。戦爆100機編成。

 

リンガエン上陸の際、離陸した直後
グラマンに襲撃され自分と隊長機だけ残る。
リンガエン湾で上陸用舟艇の真ん中に爆弾を落とす。
帰り、積乱雲に突っ込むことやむなし。
隊長機は積乱雲に入ったまま出てこなかった。

燃料メインタンクに被弾したが
真っ白な霧になって助かる。
サンタクルズの砂浜に胴体で不時着。
すぐ飛行機に火をつけて逃げる。
米兵が犬を2、3匹連れて捜索にきたが
見つからず。

対岸に陸軍の捜索隊が来て
助かった。
そこからトラックでマバラカットの西飛行場へ送ってもらう。
戦友はこれで戦死したものと思い家に戦死したと伝える。

500キロ爆弾を輸送中に田んぼへ不時着。ブーストかからず。
学校を避ける。

子供が来た。爆発するぞー。
上から見ていた僚機が死んだと思っていた。

 

前の日に「明日特攻へ行ってくれ」
鹿島、香取、神崎、湊川、という四隊が特攻拝命。
神崎隊の隊長機として自分は名前が出ていた。

もう覚悟はしていた。
悲愴な気持ちは無かった。

夜も寝れまして、夢は見ました。
朝、4時半頃に起こされて飛行場に整列
50人、24機です。
いつも壇上にいる司令が檀をおりて
我々と同じ高さで

「既に神となられた皆様に誠に僭越ではございますが」

と言いましたが。あとは忘れました。
お神酒、めんこに一杯の一合あまりのお酒と
大きなぼたもちを一個食べたのを覚えています。

うっすら東の空が白けた時期に第一の鹿島隊が出る。
そして香取、神崎は一時間後に出る予定。
いつもなら米の飛行機がそう黎明にきたことがないのに
その日に限って明るくなったとたんグラマンが何十機か来た。
列線に並べて、二隊目の飛行機は暖気中だった。
銃撃で燃やされて、爆弾も食らって。

一度特攻の命令を受けた者は飛行機があれば
特攻に行くと聞いていた。
なんとか早く死ぬなら死なせてくれたらえのに。

その日は一日中、無言でおりました。

空輸隊が内地から来て
新しい飛行機。

これで特攻か。

風車抑え
通常攻撃となる。
オルモック湾へ爆撃へ。

日本の輪形陣は小さい。
これはもうダメだなと思う。

コメント

コメントを投稿