復員の日(ノンフィクション)
雷撃の不安もない、フィリピンからの引き揚げ船は横浜へ着いた。
復員の為、増設されたホームの雑踏を抜け、省線に乗る。
汽車は幾重にも連なるトンネルを潜り抜けて、懐かしの故郷へと近付いてゆく。
レイテ島において、我が飛行戦隊は玉砕。稼働機も全て失い、
さっきまで隣を歩いていた、従兵が急に肩へもたれかかってくるかと
思えば、狙撃兵による頭部貫通銃創。即死であった。
まだ紅顔の少年ではないか。
汽車を降りて、数年ぶりに見る故郷の駅。
真っ青な空を仰ぐ。
もう敵機の機銃掃射も無い。
母には戦死の報せが届いていることだろう。
戦死した戦友にも申し訳ない。
そうして駅の隅に腰掛けているうちに日が暮れて、
とぼとぼと、家の方向へ歩き出す。
濡れた稲穂の香りと、身を撫でる秋の風が冷たい。
月の光を受けて、長く伸びた影は、僕の気持ちとは
裏腹にもう数十メートルも、先へ先へと進んでゆく。
茅葺屋根の懐かしの我が家には明かりが灯っていた。
思えば出征の日、立派に死んで来いと明治生まれの気丈な母から
万歳万歳と送り出され、こんなみじめな帰宅をするなど
思いもしなかった。
明かりの差す引き戸を
思い切って開けた。
そこには食卓を囲む父と母の姿があった。
僕は崩れる落ちるように土間へ膝をつくと
嗚咽を漏らし乍ら
「おっかぁ、すまん。死に損なった」
と言った。
あの日、立派に死んで来いと、見送った母が、
涙ひとつ見せたことのない厳格な母が、
僕に泣き乍ら抱き着いてきた。
昭和20年、秋
復員の日である。
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