« ある飛行兵の話(パラオ人の証言) | メイン | 篠原弘道准尉 戦闘機パイロットデータベース »

2015年3月22日 (日)

最後の戦車兵 ルソンの戦い

「駅に着いたら電話をください。車で迎えに行きますから」
 
電話口でそう語るこの方、昨年の秋、あるきっかけで出会った。
御年94歳。戦争中は戦車の操縦士をしていたという。
「わし以外はみんな死んだ」
戦車兵としての自身の経験を淡々と語るが、
その内容は熾烈であった。
   
氏は戦車第二師団第十連隊所属し
操縦士を経て、のちに射撃の腕が特に優秀だったので師団の参謀長
から認められ、中隊長車の射撃手となった。九七式戦車に乗っていたという。
 
昭和20年1月、フィリピンルソン島において
マッカーサー率いる米軍と対峙。
連隊の戦車は全て米シャーマンによって壊滅したが
擱座した戦車から機関銃を外して白兵戦を展開し
終戦まで徹底抗戦したという。戦車連隊の戦友800名のうち生還
できたのが50名。そして同師団の11連隊の戦友は占守島へ赴き
ソビエト軍による本土進攻を阻止していた。
 
私はこの出会いを通じて記録を残すことにした。
とはいっても私は戦車についての知識がほとんどない。
「戦車のイロハを改めて学んできます」
ということで、またお会いする約束をした。
 
また続きを整理しながら書く。

コメント

コメントを投稿