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2013年7月 7日 (日)

アンガウル灯台(丹下灯台)

アンガウル灯台(別名丹下灯台)跡に登りました。
アンガウル灯台は日本時代の建築物です。
実に美しい白亜の灯台で、青空に映え、 往来する船にとって
不可欠な存在でありました。
 
Imgp7598▲アンガウル灯台(丹下灯台)倒壊して逆さまになっている。
 
故に、真っ先に狙われたのもこの灯台です。
アメリカの艦隊による艦砲射撃で 根本から折れて倒れ、
そのままになっています。 私が座っている辺りが根本なのですが
よく見ると灯台の窓が確認でます。また、写真ではわかりにくいのですが、
谷底は深く、逆さまになった灯台の高さに驚きました。
 
灯台への道程。
周回道路を逸れて、脇道へ入ります。
石段が残されています。ここをのぼって行きます。
(この石段が当時のものかどうかは不明) 石段の向こう側には
日本軍の兵器の残骸やビール瓶 各種弾薬の薬莢などなど、
多くの遺物が残っていました。
 
Imgp7601_1▲灯台へ向かう途中石段をのぼる
 
この辺りは当時、南洋最古の「アンガウル大神宮」という
立派な御宮様が鎮座し、住民の暮らしと海の安全を
守っていました。神社としてはコロールの南洋神社より古いものです。
当時は人口が2500以上もいたのですから 神社も自然と必要となったのでしょう。
※私有地なので、立ち入る際は必ず許可が必要。
 
現在大神宮は、ほぼジャングルに帰し、倒壊した石灯籠のみが残ります。
なお戦後に建設された「新・アンガウル神社」なら周回道路沿いにあり
いつでも参拝できます。
  
Imgp7203_1▲戦後場所を移して新しく建て直された「新アンガウル神社」
 
ジャングルの草木を慎重にかきわけて行くと
灯台の土台(の一部)が残っていました。
 
Imgp7569_1▲灯台の土台の一部。さらに上を目指す。
 
このハシゴ、足をかけても大丈夫だろうか?
ボロっと踏み抜いたら怖いので安全そうな足場を探りつつ、
さらに登って行きます。
 
最上部まで到着。薄暗いジャングルを突き抜けて
一気に広い空が広がりました。西港から巴岬、磯浜までよく見渡せます。
サンゴ礁の浅瀬と外洋の境目が地図のように望め
とても気分がよかったです。また、蒸し暑いジャングルを抜けて
ここまで来ると風が実に心地よく、 沖からやってきた波が、遥か眼下の
岩にぶつかって砕け轟きます。
 
Scan0052 
Imgp7582_1
Imgp7576_1
Imgp7579_1▲アンガウル灯台跡。現在の最頂部。 
 
アンガウル島の最高地点は標高60メートルの「大平山」であり、遮る
ものはありません。ジャングルが開けていた当時は360度の展望
だったことでしょう。 10km北にはペリリュー島も浮かんでいます。
昭和19年9月15日、ペリリュー島で上陸戦が始まりました。 海は
アメリカの艦隊で埋め尽くされ アンガウル島の守備隊はその様子を
こうして見ていたのでしょう。 そして二日後の
9月17日、アンガウル島でも上陸戦が開始されました。
 
今はアメリカの艦隊も無い平穏な海です。
海の無い野州(栃木県)出身の兵隊さんも、こうして はるか南の孤島まで
来て海を見ていたのでしょうね。 そして二度と帰れなかったのでしょう。
 
玉砕戦となり、水も渇き果てた死の淵で ふるさと栃木の、澄んだ雪解け水を
思い浮かべて その中に泳ぐメダカを見つけて
「ああ、こんな水の中にメダカが さぞや冷たかろう」 と、手でその水をすくう
仕草をしながら、口にはこぶ。 そんな幻想を見ながら、多くの兵隊さんが
死んでいったそうです。 ジャングルにはまだご遺骨が眠っています。
 
下るほうが難しく大変です。ふたたびジャングルへ 慎重におりて無事に帰りました。

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