2017年9月19日 (火)

篠原弘道少尉のお墓

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私は間違っておりました。ノモンハンのエース
篠原弘道少尉のお墓が宇都宮市内に存在することがわかりました。
それを知って早速、篠原少尉のお墓参りに行ってきました。
 
以前、私は篠原少尉のお墓は無いと書きましたが
http://soranokakera.lekumo.biz/tesr/2015/03/post-e10c.html
遺族ではない、ある方がお墓を建ててくれていたのです。
  
こうしてお目にかかれるとは
感激感涙であります。
 
当時、国民的英雄だった篠原の戦死の報せが日本中にメディアで伝わり、
普段、停車しない雀宮駅に特急列車が停車しました。
あれから78年、すっかり風化してしまったものと思っていましたが
こんなにも立派なお墓が、ある方によって、残されていました。
 
詳しくは、後ほど記事を加筆修正します。

2017年9月18日 (月)

新元号に関して

降っては沸くグッドアイデアに押し
つぶされそうな今日この頃であります。
やりたいことは山ほどあるのですが、
形にする金が無い!万年モットーです。
 
さてさて、
2019年から元号が変わるのはご承知の通りと思います。
カレンダー業者さんは
 
「早く元号を発表してくれないと印刷できない!」
と怒ってますが・・・
 
我がアトリエでも、年度カレンダーというのを作成中です。
平成30年4月はじまり、元号が変わりXX元年3月終わりなので
どのように記載しようか迷ったのですが、ここはあえて、糸川博士から
教わった逆転の発想。空欄にしておけばいいのです。
 
結論!各々、書けばいいじゃない。
 
手書きすれば、漢字も覚えるし、元号が変わったと実感できるし
節目の年が、記憶にも残る。いいことばかりです。デメリットなんてひとつもない。

2017年8月28日 (月)

奥只見の歴史を巡る

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▲鱒沢林道(福島県南会津群旧舘岩村)
 
栃木県から福島県へ。
日光市湯西川からダート(砂利道)15km。
栃木県側は安ケ森林道、海抜1,000メートルの峠を越えると
福島県に入り鱒沢林道と呼び名が変わります。
 
大雨の際などは土砂崩れが多く、荒れるのでので
出来れば四輪駆動車で。携帯電話は圏外。GPSがあると良いです。

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▲国道352号線を桧枝岐村方面へ。(ドライブレコーダーの画面を切り取り)
山の天気は変わりやすい。桧枝岐村方面へ国道を走ります。
 

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▲南会津最後の給油所。ここから桧枝岐村までガソリンスタンドはありません。
 

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▲目を引く看板。国道289号線沿いにあります。
 

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▲大桃の舞台(南会津町)
 
大桃の舞台。南会津町。
駒獄神社の境内にあります大桃の舞台は
江戸時代、幕府の直轄地(天領)であった頃
農民歌舞伎が行われていた舞台です。
地域毎に歌舞伎一座を持ち、それぞれが技や衣装を
競い合っていました。大桃の舞台は兜造りと呼ばれる茅葺屋根であります。
地芝居として行われたのは明治40年に上演されたのが最後で
現在では年に一度、8月に大桃の夢舞台が開かれています。
https://youtu.be/-mlb7kL2bXc
 
この舞台は一度火災で焼失したのちの、明治28年の再建であります。
見学は自由。無料です。
 

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▲桧枝岐村から魚沼市へ抜ける国道352号線(樹海ライン)を行く。
1時間以上対向車なし。携帯電話は圏外。GPSがあると便利です。
 

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▲山を縫って行く。
  

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▲「洗い越し」と呼ばれる、道路の構造です。
沢の水を直接道路の上を通すようになっています。
交通量が多い道路でしたら橋をかけるのでしょうけれど、
自然保護とコストの面から、このような構造になっていて
樹海ラインにはこの「洗い越し」が20-30個所あります。
降水量が規定値に達すると通行止めとなります。
 
清らかな雪解け水は長い時間をかけて下流まで
流れていきます。開けた窓から聞こえるせせらぎ気持ちが良いです。 
  
グミ沢トンネルを抜けます。グミ沢って名前が可愛い。
トンネル内に照明はありません。
 

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▲奥只見湖と残雪を望みます。
 

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ガードレールはありません。運転に注意。
よく見ると湖畔に道があります。これからあそこまで降りていきます。

 

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▲銀山鉱跡。
 
樹海ラインの途中、銀山跡と供養塔が残されています。
 
大福銀山跡(新潟県魚沼市)
 
寛永18年(1641年)折立村のお百姓だった源蔵さんという人が
只見川(赤ノ川)へ鱒漁に行きました。
そのとき音無せ淵付近の崖で、光る石を見つけました。
この石を大沢村の鍛冶藤右衛門(かじとうえもん)さんに
精錬してもらっところ、銀であることがわかりました。
 
二人はこの出来事を、越後の高田藩に報告しました。
高田藩は幕府に報告すると同時に、試掘を行い
沢山の銀鉱石があることがわかりました。
これを機に幕府から本格的に採掘の命令が下るのでした。
 
ところが、これを知った会津藩は
「そこは会津の領地だから採掘をやめよ」
と強硬に言ってきたのです。
 
国境線は枝折峠だと主張する会津側の主張と、
只見川の流心と主張する越後側の争いは
幕府の裁定に委ねられ、4年後に越後側の全面勝訴となりました。
 
明暦3年(1657年)越後高田藩は
山の神様「十二山神社」を祀って、最大なお山始め(現在の起工式)
を行い、この山を大福銀山と名付け、本格的採掘を開始しました。
 
元禄二年(1689年)銀山は幕府の直営となり
鉱夫数千人とその家族で賑わう最盛期を迎えました。
 
寛永3年(1706年)
銀鉱石を掘りつくしたと判断した幕府は鉱山を閉鎖しました。
 
以来、ふたたび大自然に戻り、眠っていた銀山でしたが
幕末の嘉永3年(1850年)今度は、鉛の採掘が
始まり、槌音(つちおと)が鳴り響きました。
 
断続的ながら、200年以上続いた
銀山は、今は奥只見ダムの完成と共に湖底深くに沈み
今は見ることができるのは一部のみです。
さて、この供養塔の由来ですが 
 
野州は佐野天明町(栃木県佐野市)の鋳物師兼鉱山師だった
正田利右衛門は、安政3年(1856年)
銀山の安泰と、犠牲者の冥福を祈るため、そして銀山発見者の
源蔵さんの子孫となる星源蔵(ほしげんぞう/襲名)を世話人として
買石原というという場所にこの供養塔を建立しました。
供養塔の周囲には数十の墓石が建てられました。
この供養塔とお墓は、ダムに水没する前、移設されました。 
 
買石原は水没しましたが、この場所は
買石原を見下ろす地点にあります。
 
今は再び、自然に戻り静かとなった銀山跡は、
樹海ラインの途中に残されて、このお話を
利右衛門の末裔である
遠藤康次という人が記録していたので、ここに
史跡として大切に残されています。
 
なんだか、もっともらしく書いていますが
説明書きの看板があったので、文言をやさしくして
少しだけ調べて書いただけです。
 

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▲銀山平へ到着。
 
福島県側からの観光客は皆無で
ほとんどが新潟県側からの車です。
 

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▲銀山平の尾瀬三郎房利の像
銀山平には尾瀬三郎房利の像があります。
 
銀山平の尾瀬三郎房利の像
 
尾瀬三郎房利(おぜさぶろうふさとし)
いまから遡る事およそ800年前、
長寛年間(1163-1165年)
平清盛が急激に頭角を表し、藤原氏や院政(天皇)に迫りつつありました。
 
第78代二条天皇の時代、左大臣藤原経房の次男、尾瀬三郎藤原房利は
時の美しい妃に深い思いを寄せていました。病を繰り返していた
二条天皇は在位6年、わずか22歳で崩御しましたが
残された若き妃は、才色優れ、美しく、宮廷の内外問わず、例を見ないほどでした。
 
(二条天皇と藤原経房の年齢から算出して
次男尾瀬三郎房利が天皇の后と恋仲になるのは
無理があるので創作と思われます)
 
尾瀬三郎は絵もよくたしなんだと伝わっています。
ある日、妃の絵を描き、見つめていると、絵筆の先から
胸のあたりにポタリと滴が落ちてしまいました。
 
同じく妃に恋をしていた平清盛は
「ここにほくろがあることまで知っていたとは!」と、言いがかりをつけ
尾瀬三郎房利を越後へ追い払ってしまいました。
 
恋仇清盛に敗れた尾瀬三郎房利が京を去る際、妃に
虚空蔵菩薩の尊像をたまわります。尾瀬三郎房利は
この像を片時も離しませんでした。
 
尾瀬三郎房利は侍従とともに越後へと行くのですが、
そこへ至る山の険しさに、尾瀬三郎房利自ら
枝を折って先へ進んだという説、子供たちがあらわれて
枝を折りながら、道案内をした説などがあり、この辺りの
枝折峠(枝折村)という呼び名が名付けられたと伝わります。
 
そして、ここ銀山平を本拠として、
藤原家再興すべく、戦に備えていましたが
ついには、この地で力尽き、尾瀬家は滅亡しました。
妃よりたまわった虚空蔵菩薩の尊像は本尊となって、
その本尊の化身は、牛に乗って川を下りましたが、
浪拝の岩場(なみおがみのいわば)で牛は無念にも
最期をとげました。この場所を牛淵と呼びます。
 
本尊の化身はしばらくの間、この岩壁で休んでおりましたが
さらに下って、北之岐川との合流点に達したとき、蛇を呼び
今度はその蛇に乗って川を下りましたが、両岸はうっそうとした
断崖迫り、昼でも暗く、見るものとては「ただ、ただ川ばかり」
ゆえに只見川「ただみがわ」と呼ばれるに至ったというお話しです。
 
化身はさらに下って、会津柳津にとどまると
後に祀られて、柳津虚空威尊(ふくまんこくぞうそん)となりました。
福満虚空蔵尊圓蔵寺。福島県柳津町にあるお寺です。
 
尾瀬三郎房利の石像が建てられたのが昭和40年のことで
この地域の人々に親しまれています。
  
※魚沼市公式ページの見解の文言を私的見解で極力現代風に直したもの。
 
  

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▲シルバーライン銀山平入口
 
シルバーラインを経て奥只見ダムへ行きます。
ダムまでは10km以上のトンネルです。二輪車は通行禁止。
 

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▲奥只見ダム 
 
シルバーラインの長い長いトンネルを抜けると
奥只見ダムです。
 
奥只見ダムは福島県南会津郡檜枝岐村と新潟県魚沼市に跨る
重力式コンクリートダムであります。
水力発電所としての発電量は日本第一位!
 
少し横道に逸れますが
ダムの役割と水力発電の位置付けについて書かせて下さい。 
 
我が国の主な電力エネルギーは
原子力・火力・水力の三つから成ります。
水力発電は電力のベストミックスに寄与しています。
 
電気は貯めておくことができません。そこでまず、
最もパワーのある原子力発電がベース電源といって
一番たくさんの電気を作ります。原子力発電はパワーに優れた反面
最大のデメリットがあります。出力の微調整がきかないことです。
そこで、昼夜共に同じパワーで発電し、
 
微調整を火力発電所が担当します。
我が国の火力発電所は最も発電効率が良く
最も少ない燃料で最もたくさんの電気を作り出すことができます。
火力発電はボイラーですので調整がききます。
 
それでも貯めておくことのできない電気
暑い日、寒い日があります。電力の使用量が
急に増えたり減ったりすると、停電の恐れが発生します。
これが電力の最も困難な課題であります。
 
福島の原発事故が発生する前のデータですが、我が国における
電源安定供給率が出ています。それぞれのご家庭において、
一年間で停電する平均時間は11分でした。
こんな国は世界中どこを探してもありません。
 
水力発電所は、簡単に言えば高いところから水を落下させて
その水流で歯車を回して発電するのですが・・・
それだけなら、火力発電で間に合っています。
なぜ水力発電が必要か、それは、楊水力による還元が可能だからです。
 
夜間、原子力発電所が作ったたくさんの電気、夜間はみんな寝ていますから
電気が余ってしまいます。そこで
その余った電気で水力発電所のポンプをフル稼働させて下流の水を
吸い上げています。その吸い上げた水を、昼間のピーク時に
一気に放流して、電気を作る仕組みです。
貯めておくことは出来ないけれど、こうして保持・調整することができる。
それが水力発電所が必要な理由であります。
 
原子力・火力・水力を組み合わせたもっとも
効率の良い発電、これをベストミックスと呼びます。
 

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送電施設です。
 

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魚沼市まで下ってきました。
ピッカリヒッカリコシヒカリ
これが魚沼産のコシヒカリであります。
黄金色の稲穂は富の象徴ですね。
  

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▲冬に備える除雪車
  
新潟県は日本屈指の豪雪地帯です。
特に山間部の冬は厳しいものです。
 
日本列島改造論で有名な越後出身の総理大臣  
田中角栄は次のような有名な言葉を残しています。
 
「岡山出身の君にとって、雪はロマンの対象だよな。
川端康成の雪国のように、あくまで叙情的な世界だよ。
だけど、俺にとって雪は生活との戦いなんだよ。
一極集中を排除しなけらばいかんと言っている発想の
原点は雪との戦いなんだ。君が雪をロマンの対象と
見ている限りは俺とは本質的に違うな」
 
鈍色の空のもと、田中は演説を始める。
 
「幸薄かった新潟の皆さん!
新潟と東京を隔てる山々を崩しましょう!そうすれば
新潟に雪は降らなくなり、乾いた空気が通るでしょう。
なに、心配はいりません。その工事で出た土砂を
日本海を埋めて佐渡まで陸続きにすればいいんです」
 
田中は公約通り、谷川岳を貫通する関越トンネルを掘削し、
東京と新潟へのアクセスを改善。青函トンネルが完成するまでは
世界一の長さを誇るトンネルでした。鉄道では
上越新幹線が開通します。
 

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▲国道252号線は六十里越え
 
新潟県魚沼市から只見、会津若松へ至る国道252線
六十里越え(ろくじゅうりごえ)の峠です。
 
 

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▲スノーシェッド
  
スノーシェッドは断崖に沿って走る道路に多数みられる建築物で、
土砂崩れや雪崩を予防し、除雪の手間を省く役割があります。
 

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▲昆虫採集に関する注意喚起
 
昆虫捕獲に関する注意喚起。
ライトトラップとは光りに集まる虫の習性を利用した捕獲方法で
強力なライトで白い幕を照らし、クワガタ虫などの飛来を促すものです。
 
各々、趣味で採取するならよかったのですが、
最近はペット業者のクワガタ乱獲が甚だしく、こうした問題になっています。
黒いダイヤと呼ばれておりまして、大きいものなどは数十万円の値段がつきます。
困ったものです。

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こちらはルールに乗っ取って採取した会津産ミヤマクワガタくん。
 
標高の高い、深い森に生息することから、漢字では「深山クワガタ」と書きます。
ミヤマくんは、摂氏25度以下でした生きられないため、お家で飼育する場合、
室内で冷房つけっぱなしが基本です。
ノコギリクワガタは30度でも平気ですけれど。
    

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▲田子倉ダム
 
マタギの集落が沈む田子倉ダム
 
福島県南会津群只見町の田子倉ダムです。重力式コンクリートダムで
その規模を示す単位を、堤体積(ていたいせき)と呼びますが
水を堰き止めるために積み上げられたセメントの量は
セメント袋に換算して積み上げた場合、富士山の311倍の高さになります。
このように、見えているコンクリートは氷山の一角です。
 
ダムは同時に水力発電所でもあります。
こちらの田子倉ダムの田子倉水力発電所は
日本第二位の水力発電所です。
 
湖底にはマタギ(狩人)の集落が沈んでいます。
 
田子倉ダムは
終戦から4年後の昭和24年、地質調査が開始されましたが
湖底に沈む住民との補償問題で長期化しました。
完成したのは着手から11年後の昭和35年でした。
この間に起こったダム建設関係者と住民と争い、そして人間模様を描いた小説、
『無名碑』曽野綾子著、『黄金峡』城山三郎著などがあります。
 
千葉県の国立民俗博物館では田子倉ダムに水没する前の村の
ジオラマを見ることが出来ます。
 
多大なる犠牲を払ったダム建設でしたが、
国鉄只見線と国道252号線の開通にも大きく寄与しました。
国鉄只見線は乗降客数の少ないローカル路線ですが
国土の重要拠点を貫く最重要インフラとして
災害、有事の際、大きな役割を果たすことになります。
 
国道252号線は六十里越え(ろくじゅうりごえ)と呼ばれる峠は
新潟と会津若松を結ぶ唯一の道路であります。

 

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瀧神社
水の神様・瀬織津姫を祀った只見川流域安寧祈願の神社

 
只見駅を降りてすぐ裏手ありますのが瀧神社です。
瀧神社は新編会津風土記によると治承4年(280年)勧請とあります
ご神体は金幣であるといわれております。
 
只見川は古来から暴れ川で氾濫によって毎年のように
住民を苦しませてきました。
 
享保年間(1716-1738年)も洪水に悩まされ
当時唯見村熊野神社の神職であった
赤塚伊勢伊直は、只見川の鎮撫を祈願してきましたが
熊野の祭神スサノオは戦神のためか
水害に効き目なく、遂に上の原の地(現在の只見駅前付近)に
瀧神社を建立しました。
 
瀧神社には水神であります瀬織津姫命(せおりつひめのみこと)を祀って
荒れ狂う只見川を鎮めて村民の安穏を願ったのでありました。
 
明治30年に只見駅前辺りから現在の場所に
100メートルほど移築され、鳥居は大きさこそ違いますが、
両部鳥居といって厳島神社と同様の形であります。
 
社殿には、巧な彫り物がされております。
地方の神社でこれほどまで彫り物が多い神社は非常に珍しく
貴重なものです。
 

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▲廿三夜の月待ち塔。
  
月待塔(つきまちとう)
神社裏に廿三夜(にじゅうさんや)の月待塔。
月待塔とは、主に文化・文政時代に流行した
月待行事の名残です。月待行事とは特定の月齢の夜
村の仲間が集う行事です。月待信仰とも呼びますが
そうしてお月様を拝んで、村の安寧を願ったり、
月の下で宴を催したりして過ごしました。
 
廿三(二十三夜)は明け方にのぼる月です。
二十二夜は女性だけの集いで、二十三夜は男性だけの集まりとされる
など、地域によって違いますが、月齢で異なりました。
 
この月待塔は大きく、文字も迫力があります。これは初めて見ました。
とてもとても珍しいものです。これが京都など都市にあるなら
たちまち柵で囲まれてしまうでしょうけれど、地方には
こうして手付かずで残っているんですね。感激です。
ずっと、この綺麗な状態のまま後世まで残りますように。 
 

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▲只見線橋梁
 
鉄道ファンに人気の只見線会津塩沢駅付近の橋梁。
左のお山は戸屋山です。 
 

Akabe

▲『あかべえ』は福島県の赤ベコをベースとした町おこしキャラクターです。
可愛いです。ゆるキャラグランプリにもエントリーしています。
 
福島県には美しい自然に歴史に、魅力がいっぱい。
 
頑張っぺ!福島!
   

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福島の旅は続きます

2017年8月25日 (金)

幻のサンショウウオを求めて

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幻のサンショウウオを求めて、湯西川へ行ってきました。
私はサンショウウオが好きで、たまにこうして
森林浴をかねて会いにいきます。
  

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▲この線路は浅草から続いています。

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湯西川温泉駅。ダム見学ツアーの水陸両用バスが出ています。
このままダム湖にザブン行きます。スクリューがついています。
 
湯西川ダムは村がダムに沈む直前に訪れています。
そのときの写真はこちら
 
湯西川といえば、平家の落人伝説でも有名なところ。
この辺りには平家の末裔の方々がお住まいです。
   

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サンショウウオくんに会うために、
さらに奥地へ。山の天気は変わりやすいです。標高は700-900mあたりを
走っています。真夏ですが気温は摂氏22度。

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▲オニユリとカラスアゲハ。

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▲ダムから放流された水。

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▲大内宿が近いです(上の二枚の写真は別の日に撮影したものです)

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▲舗装路から砂利道を入っていきます。砂利道はパンクしやすいので
スペアタイヤとジャッキを積んでいます。テンパータイヤ(応急タイヤ)では
なく、正規規格のタイヤを一本積んでいくと安心です。さらにスタック対策のため
スコップを一本。ぬかるみにはまったとき使います。
 

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▲この付近に車を置いて、降りていきます。右側に水神様の祠があります。

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▲サンショウウオくんに会うために渓谷を歩きます。

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▲大河の一滴です。

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▲水の色が何と表現したら良いかわからない。
美しいです。   

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▲砂防ダムにぶつかったので、ここまでにします。

▲サンショウウオくんは石をひっくりかえすと居るのですが、
残念ながら、今回はお目にかかれませんでしたこちらは参考画像です。
漁師以外の捕獲は禁止されてますので、見るだけです。
 

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▲サンショウウオの燻製。湯西川名物です。
温泉旅館や土産物店でも購入可です。
香ばしさと旨みがあります。直火で一瞬炙ると
香りが一層良くなります。美容と健康、疲労回復、精力剤として
古来より特効薬として外国にも輸出していました。
天ぷらにしても好評です。
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▲木賊温泉(とくさおんせん)
無人の混浴温泉に入って帰ります。
 
料金箱に200円を入れて入浴します。
温泉維持のため、少し多めの金額を寄付しても良いと思います。

2017年8月20日 (日)

旧軍から自衛隊へ入隊した場合の階級(資料)

航空自衛隊は航空要員の充足計画として
航空準備室においては昭和29年度航空自衛隊定員6,738名の
充足計画を作成した。警備隊からの転官および一般公募によることとし
その基本計画は次の通り。
 
転官はパイロットの充足に重点を置き
保安隊から幹部650名、陸曹等2,500名、警備隊から
幹部160名、海曹等400名計約3,700名とする。
 
航空準備室では陸海からの転官希望者各個人に
綿密な検討を加え、特に士補等は各職種の定員を充足させることに
主眼をおいて選考を進め、昭和29年6月31日迄には一応の
転官要員3,717名を決定した。
 
陸からの転官については終始順調に進捗し
計画通り行われたが、海からの転官は海上自衛隊自体の
航空要員充足の必要性もあり、計画の約60%に
過ぎなかった。
 
昭和29年度末までの転官状況は次の通り。
保安隊(陸上自衛隊)から
幹部559名、空曹等2,574名、計3,133名
 
警備隊(海上自衛隊)から
幹部85名、空曹等253名、計338名
 
転官者以外に一般公募を行い、幹部570名、
空曹等約2,000名を補充する。
 
隊員の募集は
保安隊が担当し、幹部520名、空曹500名、空士1,500名を
採用することにした。主な募集条件、応募状況は次の通り。
 
一般公務員に準じた資格のほかに次の資格が定められた。
 
◆二佐
国家公務員11級、同相当者、旧軍において概ね
昭和17年12月1日以前の少佐任官者
 
◆三佐
国家公務員10級、同相当者、旧軍において概ね
昭和20年6月10日以前の少佐任官者
 
◆一尉
国家公務員9級、同相当者、旧軍において概ね
昭和20年6月10日以前の中尉任官者
 
◆二尉
国家公務員8級、同相当者、旧軍において概ね
昭和20年8月1日以前の少尉任官者
 
◆三尉
国家公務員7級、同相当者、旧軍において概ね
昭和20年7月31日現在の見習士官、準士官
 
◆空曹
短期大学卒業者、旧軍の判任官
 
◆二士
昭和4年10月9日-11年10月1日出生者
 
◆部隊職員
3級-10級
  
出典
自衛隊十年史(1961年)

2017年8月11日 (金)

零式艦上戦闘機ベクターデータ販売

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販売用のベクターデータの見本一覧です。
第一弾は「ゼロ戦」です。
 
自由に着色・加工・編集が可能なデータです。
 
価格ですが下記の通りで提供させて頂きます。
商用は全ライセンス付与です。
 
商用 ¥49,800-
▲プロモーション・宣伝・広告等での利用
▲グッズ製作(Tシャツ・マグカップ等) 
▲まとめサイト(キュレーションサイト)での利用 

▲アフィリエイトが付随するサービスでの利用 
  
非商用 ¥2,980-
〇個人ブログ・ウェブサイト素材としての利用

〇動画素材(youtube、ニコニコ動画など個人非商用アカウントでの利用)
〇発行部数1,000部以下の同人誌・趣味の印刷物

〇SNSのアイコン等
〇教育・講演、プレゼンテーション等

 
非商用購入
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商用購入
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こちらに続きまして
彗星や紫電改、震電、陸軍機、戦艦などもラインナップに追加していきます。
よろしくお願い致します。

2017年8月 9日 (水)

比叡山延暦寺と桜花発射基地

先日の関西方面旅行で
比叡山延暦寺をお参りしました。
比叡山は仏教天台宗の総本山です。
 
実は延暦寺というお寺そのものはありません。
延暦寺という呼び名は比叡山に並ぶお寺の総称であります。
比叡山は京都府と滋賀県の県境に位置し、琵琶湖を一望、
東塔(とうどう)と、西塔(さいとう)に分かれてお寺が建てられています。
お寺が建つのはいずれも滋賀県側です。 
 
京都市内とは全く雰囲気が違い、ここはとても静か。
観光客は指で数えるほどしかおりませんでした。

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西塔にあります、弁慶のにない堂です。
双子のような造りになっていて、
かの弁慶が双方の屋根にまたがった、という言い伝えが残されております。
 

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苔が神秘的でありました。
 

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こちらは延暦寺のオフィシャルカーです。
消防車も自前でありました。
  
「桜花」発進基地としての比叡山
近現代史では、ここ、比叡山は房総半島とともに、ロケット特攻機
「桜花」の発射カタパルトとレールが配置されました。従来「桜花」は
一式陸攻の腹下に吊り下げて出撃していましたが、終戦間際
比叡山の上に設けたレールから射出する方式に変更したのです。
 
エンジンも従来の火薬ロケットからジェット推進に換装され、
航続距離は大阪湾よりはるか洋上の機動部隊を殲滅(せんめつ)
が可能とされておりました。
 
それらは使われることなく、本土決戦を前に終戦を迎えましたが
元パイロットの方に、当時の訓練の様子をお聞きしておりました。
比叡山を上り下りして、来たるべき決戦に備えていたそうです。
 
桜花の戦跡は撤去され残っておりません。 

蒸気機関車は走る

いよいよ、8月10日、東武日光線でSL「大樹」が走る。
SLが走る路線は全国でも数えるほどしかないので大いに期待歓迎している。
 
数年前、東海地方の市長が
町おこしでSLを復活させる取り組みに着目し
 
「宇宙船が飛ぶ時代、SL(蒸気機関車)を修復するくらい容易い筈だ」
 
と発言し、話題になった。
この発言に対するアンサーは技術的観点からすれば「とんだ見当違い」である。
SLの復活は大変な困難を伴う。
部品の規格が現在と違うし、それを作れる職人がもう居ないので、
少しでも機械をかじったことのある者なら、手間が何重にもなるのは
痛いほど理解できる話だ。
 
市長の発言は、結果的に批判を招いたが 
工業遺産伝承の諸問題を周知出来た、という点では
大きな一歩と感じる。
  
そうして大変な困難を乗り越え復元されたSLは、昨今、子供達や家族連れに大人気で
憧れ、優美さ、ノスタルジーという視点で語られがちだが
一部年配者は顔をしかめ、 
 
「あんなもの復活されても、戦後の貧しく苦しかった思い出しかない」と語る。
 
万人に受け入れらるのものなど存在しない。
 
されど、機械は機械である。
技術者の視点では、機械というものは
常にニュートラルな存在である。ゆえにひたむきになれる存在なのだ。
これを、女性に説明するのは非常に非常に難しい。
 
失われかけた工業遺産を残してゆく。
100年後、200年後においてどう扱われるか、わからないけれど、
ただ、ひたむきに、機械と向き合う人たちがいる。
そうした人たちは市長や妻や年配者の発言にも負けずに
工具を持った手を休めず、きっと、こう言うのだ。
 
「それでいい」と。
 
蒸気機関車は走る。

2017年8月 8日 (火)

ゼロ戦の増槽大研究

Photo
零戦のイラストを全種類描くにあたって
増槽も描いています。
 
増槽(ぞうそう。陸軍名称は落下タンク)
は長距離を飛行する際に取り付ける外部燃料タンクで、
中身が空っぽになったら、切り離し捨ててしまうタンクです。
 
増槽は型式が存在せず、機種によってバラバラなのです。
これだけ零戦がブームなのですが、増槽は
全然研究がされておりません!
専門書などを見ても多くが割愛されております。
 
私も本物をほとんど見たことがありません。増槽だけ展示してあるのは
万世特攻平和祈念館と筑波海軍航空隊記念館くらいでしょうか。
使用後捨ててしまうものですから、残っていないのは仕方ないのかもしれません。
図面も機体の一部としては見なしていないようです。
 
材質・塗装・形状・取り付け場所・支柱、すべてが
年代や機種によって全く、あるいは微妙に異なります。
 
全部は描ききれないので、まず、ゼロ戦に限って描くことにします。
ゼロ戦だけで主に三種類あります。このほかに現場で小加工して取付したり
したケース等、たくさんのパターンがあります。 
 
◆初期型胴体下330リットル(海軍機専用)
もっとも有名なのは真珠湾などで使用した21型の初期型。330リットル。
(彗星艦爆と兼用です。彗星艦爆は翼下に二個装着できます)
支柱にカバーが装着されています。主に52型で見られます。金属製。
 
◆後期型胴体用320リットル(海軍機専用)
次に後期型。形状がかなり細長くなります。主に52型甲以降に見られます。
「雷電」などにも同じものが使われています。
材質は木製に変更され、支柱も剥き出しになっています。
 
◆陸海軍統一型二型落下増槽200リットル×2
翼下に二個取り付けるタイプで「隼」「飛燕」「疾風」など
陸海軍で同じものを使っていました。
ゼロ戦は62型以降の零爆で胴体下に爆弾を取り付けた場合
翼下に二個となります。木製。

2017年7月27日 (木)

ベクターデータの販売

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2

イラストデータのライセンス販売を始めます。
 
今までは主に自分でグッズを製造していましたが
一度に数十万~百万単位でかかるので
マイナー機などはグッズ化にも相当な費用と覚悟が要りました。
大量のダンボールに囲まれて
袋詰めや在庫管理などで日が暮れてしまいます。
 
そこでベクターデータ(編集可能)のライセンスを販売して
自由に使って頂こうと考えています。 
 
見本を少しアップしました。販売するのは
今まで描いた飛行機と艦船全てです。
零戦は全ての形式が揃っています。
編集可能なので、カスタマイズやカラーリング、
自由なデザインが出来ます。
 
取材で全国各地に行くのでお金がかかります。
クラウドファンディングが流行ってますが、
どうしても身動きが不自由になりますし、責任の所在が曖昧となります。
今のところ、必要なお金は自分で調達するがモットーです。

2017年7月25日 (火)

ペリリュー 楽園のゲルニカ


大人気漫画
『ペリリュー 楽園のゲルニカ』の作者であります
武田一義先生と意見交換を実施させて頂きました。
 
武田先生は拙著『パラオ戦跡を歩く』をご覧くださり
極力、ありのままの事実を作品に
盛り込みたいとのお考えで一致しまして
いよいよ、物語の終盤をお描きになっています。
 
武田一義先生の『ペリリュー 楽園のゲルニカ』原画展が
7月28日(金曜日)より茨城県笠間市の筑波海軍航空隊記念館で行われます。
ぜひ足をお運びください。 
 
筑波海軍航空隊記念館お知らせページ
http://www.p-ibaraki.com/1545 
 
筑波海軍航空隊記念館TOPページ
http://www.p-ibaraki.com/

2017年7月13日 (木)

絶望と希望と

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昭和44年(1969年)7月、アポロ11号が月面に着陸。
ニール・アームストロングは左足を月面に踏み出した。
人類史上、最もメジャーなニュースである。 
 
表向きは明るい宇宙開発競争だが、それは米ソ東西冷戦の歴史と
表裏一体だったし、
人類を月まで送り届けた「サターンV」ロケットの開発者は
元ナチス・ドイツの科学者フォンブラウンである。
フォンブラウンは大戦中、ロンドンを壊滅に追い込む世界初の弾道ミサイル
「V2」ロケットを完成させている。フォンブラウンは
ドイツ降伏の年、アメリカに亡命してロケットの平和利用の
研究を続けていた。
 
戦争は有能な人物の、あらゆる可能性を奪っていた。
 
日本では三木忠直技術少佐がロケット特攻機「桜花」を作っている。
三木少佐は新幹線の開発者で余りにも有名だ。
 
さて、アポロ11号の月面着陸は
日本でもテレビ報道された。
 
そのテレビを熱心に見つめる日本人が居た。
元陸軍パイロットで、戦後は航空自衛隊戦闘機パイロットになった
稲田淳美である。
 
稲田はこのアポロ11号のニュースを見て上官の竹田に言った。
 
「隊長ーー!もし日本が月に行くことになったら
真っ先に私を指名してくださいよ」
 
この時代、自衛官と言っただけで石を投げられ、
タクシーには乗車を拒否され、散々だった。けれど
そんなときでも、ここの者たちは日本の将来に目を輝かせていた。
 
日本人の底力をもってすれば、月よりももっと遠くへだって
飛んで行けると信じていた。 
 
稲田淳美はブルーインパルス二代目の隊長となる。
日本空軍復活のシンボルとなるのである。
 
ブルーインパルスは長澤賢が団司令の目を盗んで
低空背面飛行を披露したことに始まり、
今日に至るが、長澤が礎を築き上げ、実質的に
航空祭でお披露目される頃には稲田が隊長を務めていた。
 
ブルーインパルスで旧軍の出身者は
長澤賢(陸士58期)、稲田淳美(陸士59期)
加藤松夫(海兵74期)、西光(海兵75期/のち殉職)
の四名である。
 
ブルーインパルスのひく雲に
誰もが、わが国の復活復興を感じていた!
 

 
航空自衛隊黎明期を支えたのは、こうした旧陸海軍出身者が
多いが、誘いを断って故郷に残った者も居る。
 
岩崎陸軍大尉(航士55期)はフィリピン戦線において
百式司令部偵察機で活躍していた。
あのとき空から見下ろした戦艦大和も今はもうない。
 
復員したあの日、汽車は故郷の駅に昼間の早い時間に
到着した。
 
実家の母のもとには既に戦死の報せが届いていた。
兄弟もみな戦死していた。自分も死んでことになっている筈だ。
このまま帰っていいのか。
 
岩崎は戦争に負けたことが
恥ずかしくて、情けなくて、駅舎で夜になるのを待って
近所の目を避けながら、暗い道をトボトボと帰った。
 
家に着いて、台所の扉をガラリと開けると
そこには母がいた。死んだはずの息子との再会だった。
 
明治生まれの厳しい母が涙を流して
駆け寄って抱きしめた。
  
戦後、日本空軍再建のしらせと誘いを受けた岩崎は
二つ返事で行きたかったが、
貧しい貧しい時代、こんなチャンスはなかったが、
母をひとり残していく事が、どうしてもできなかった。
 
母にとってはたった一人、生き残った息子だった。
岩崎は母と一緒に故郷で農業を営み、国の再建に尽くした。
戦友のことを忘れた日はなかった。 
 
「若い良い男が戦争でみんな死んだ・・・みんないい男でしたよ。
 その男たちの事を、毎日思い出しています」
 
戦争は全てを奪い、日本を荒廃させた。
それでも将来日本のため、戦後頑張り続けた人たちのことを
そして、こういう人たちを将来の日本に残すため、自らは戦争で
犠牲となった人たちのことを、少しずつ書いていきたい。

大刀洗駅(たちあらいえき)

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ライリイ大尉の記事
を書くために
T-33(ジェット練習機)の画像を購入したのですが
自分でも撮影したものがありました。
 
ここは甘木鉄道甘木線の大刀洗駅です。
 
駅とカフェが併設されていて、屋根の上にT-33が乗っかっています。
可愛らしくて、ユニークな建物。
駅を降りてすぐ、道路を挟んだ反対側が
大刀洗平和祈念館です。
 
福岡観光情報
大刀洗レトロステーション

2017年7月 8日 (土)

頑張れ!誇り高き日本の企業戦士

以前、韓国人の友達が居た。
  
彼の名前はドンちゃん。
大森南朋に似ている。
彼とはよく酒を飲みに行った。
 
そこでいろいろと
韓国の話を聞かせてもらった。
 
ドンちゃんは穏やかで優しい人だった。
たくさん韓国の話を聞かせてもらって楽しかった。
中でも印象に残っているのは
 
「日本の女性はとってもやさしいよ!
こんなに優しい女性は世界中探しても日本だけだよ!
だからー、日本人の男はもっともっと女性に優しくしないと
いけないですよ!そうしないと、みんな韓国人の男に
取られてしまうよ!」
 
日本人女性は大モテだという話。
何度聞いたことか。
 

 
彼は日本の企業に勤めていた。
もちろんボスも日本人。日本人ばかりの中で
韓国人はドンちゃん一人だったけど、彼は日本語もペラペラだったし
日本人社会の中に溶け込んでいるように見えた。
 
だけど、日本企業はハードだ。ドンちゃんは
時折、仕事がハードすぎて辛いと、漏らしていた。
もしかしたらブラック企業だったのかも。
 
そんなこんなで、なんとかドンちゃんは頑張っていたのだけれど
ある日突然、彼は失踪する。そのまま
行方がわからず、それっきりになった。
風の噂では日本の仕事がきつくて、韓国に帰ったのだと聞いた。
 
伝え聞いた話だが、彼が失踪する直前のことだった。
長時間労働と休み無しですっかり疲れ切った彼が
死んだような目で同僚に、次のように言ったそうだ。
生涯忘れられない一言だった。
 
「徴兵より辛い・・・・」
 
そんなにきついのか。日本の会社は。
ご存知の通り、韓国は徴兵制で二年間の兵役が
義務化されている。
 
韓国の徴兵制については
こちらのサイトが見やすくてわかりやすい。
https://www.konest.com/contents/korean_life_detail.html?id=557
   
軍隊より辛く厳しい、日本の企業戦士、
こうしている間も、日本のどこかで頑張り続けている!
 
ありがとうございます。そして、お疲れ様です。 
 
そして
ドンちゃん、大丈夫かな。幸せでいますように。

2017年6月27日 (火)

憧れのスマートフォン

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古い二つ折りの携帯電話を今でも使っています。
それが廃止になって、いよいよ
スマートフォンに交換しないといけないので、
 
スマートフォンの機械を買う前に本を読んで勉強しています。
OSはグーグル社のアンドロイドと、アップル社の
アイフォーンのふたつがシェアを占めているので
どちらかを覚えることになりそうです。
 
新しいOSやソフトの操作を覚えるとき、メーカー依存の
ヘルプやマニュアルを参照しても
説明してくれる用語自体がそもそもわからない、ということが
多く頭が痛くなるのですが、
 
こういう紙の本は、初心者にも
とてもやさしく書いてあって、ありがたいです。
わからない人の気持ちを理解してくれている。

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とりあえず、未契約で機械だけ購入したタブレットが
手元にあるのでそれで、購入前の予行練習をしています。
まずはwi-fiの接続方法を覚えました。
そこから今度は好きなアプリ(ソフト)を
ダウンロードするのですが
 
パソコン操作でいうところの
右クリック(タップ)の方法がわからない!困った!
ですが、なんとか調べて
フォルダ分けや削除、コピーの方法を覚えました。 
まだまだ、遅いですけれど、練習をしていきます。
 
スマートフォンの販売店に見学に行ったら
雑誌も読み放題で無料のドリンクがあってびっくりしました。

2017年6月24日 (土)

オオルリ

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ロゴを更新しました。
 
栃木県の県鳥でもある
オオルリ(大瑠璃)をイメージしました。

2017年6月23日 (金)

J-Wings 8月号掲載

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私の独断と猛プッシュにより、推進してきました
蒼月遥ちゃん(ブルーホーネット応援の萌えキャラ)企画ですが
お陰様で航空誌『J-wings』8月号に掲載して頂きました。
全国書店にて発売中です。ぜひ、お手に取ってご覧ください。

2017年6月22日 (木)

新幹線運休の報道

昨夜の大雨の影響で新幹線が運休または大幅な
遅延が出てニュースとなっている。
原因は架線の不具合による停電だったが
どこのニュースでも足止めを余儀なくされた乗客を捕まえて
  
「困った」「うんざりした」「ひどく疲れた」
「迷惑だった」「徹夜で仕事に向かわねばならない」
 
などとコメントを報じている。  
 
極めつけは朝日新聞の報じた
 
「もう新幹線を嫌いになった」
 
との乗客のコメントである。
 
遅延した最後の列車が博多駅に到着したのは午前4時半だった。
しかし、新幹線は全線で6時の始発から平常運転を再開した。
これは神業と言っても言い過ぎではない。
 
ニュースが伝えるのは、乗客が迷惑した事のみで
同様に徹夜の作業となった、保線に従事する作業員や
駅員の苦労は一切、報じない。
日本の鉄道は世界一正確で安全だが
何事もなく動いているときは、その有難味は感じないのだろう。 
 
豊かになった我が国の根本的な欠陥はここにあるのだろう
と普段から感じている。
 
新幹線で窓際に座って飲むコーヒーは何にも代えがたい
格別なものだ。富士山を眺めながら時速200キロで景色は流れて行く。
あのコーヒーは一杯1万円とったっていいと私は思う。
 
どれだけの乗客が、コーヒーがこぼれない理由を
考えたことがあるだろうか、その技術を根底から支える
日本の技術屋、職人の魂がそこには目に見えない形で
確かに存在する。
 
こうした技術屋や作業員、駅員の方々に
感謝の心を持ち、敬意を払うことを
我々日本人はすっかり忘れてしまった。
新幹線が定刻通り走るのは当たり前じゃない。
 
私は以前、電気工事の仕事をしていた。
電気工事といっても多様だが、私はシーケンス屋だった。
日産自動車の大工場で、ベルトコンベアーやロボットを
動かすための電線を引いたり、それを動かすラダー図を
コンピューターで作製していた。ソフトからハードまで全部やった。
鋳造工場では、グラグラとマグマのように溶けた真っ赤な鉄を
入れた鍋がすぐ近くを通過して地獄のような暑さだった。
 
ここで働いていた時、
社長からポツリと言われたもっとも印象的な一言がある。
  
「いつか飛行機の落ちる時代が来る」
 
理由は簡単で少子高齢化で優秀な技術者が減ってしまう。
伝承者も少ないという危惧からである。これは現場で痛烈に感じた。
 
社長のパソコンの待ち受け画面はマチュピチュの遺跡で
「いつか引退したら妻や家族を連れて行きたい」
とニコニコしながら常々言っていた。
でも、社長が引退できる日は現実的に考えられなかった。
人員不足でほとんど休みはなかった。
  
私はリニア中央新幹線なんて大反対である。
造るまでは良いだろう。だけれども維持管理はどうする。
アルプスを貫く長大なトンネルを、一体誰が面倒を見るのか。
 
トンネル外壁の一部が剥がれおちただけで、
責任がなんたらと、報道が騒ぐだけ、それは目に見えている。
もう明らかな人手不足としか言えない。
 
今後、50年60年先の見通しがあるのか。
 
話を少し戻して、私は日産の工場で
日産のフラッグシップである、フェアレディZを
製造するロボットのメンテナンスを行っていた。
 
だから、街を走るフェアレディZを見かけると
自分が関わったことだから、少し嬉しかったし誇りに感じた。
仕事のやりがいとはこのようなものかと思った。
 
就職難と言われて久しいが、実のところ求人率は
バブル期に次いで二番目で
仕事は選ばなければたくさんある。
 
終戦の焼け野原から、復興を遂げて世界第二位の経済大国に
成長している過程で
重厚長大(じゅうこうちょうだい)というものに
若者は憧れを持っていた。重厚長大とは
重く・厚く・長く・大きな製品を扱うことである。
こういった仕事がかっこよかったのだ。 
 
昨今はスマートで薄く、小型シンプルなものが
何でもかっこいいとされる。
お洒落なシアトル系カフェで、コーヒー片手に
タブレット端末を片手で操作するのがステイタスなのだ。
だけどそれを支えているのは誰なのか。
 
天才物理学者のアインシュタインは優れた哲学家でもあった。
アインシュタインは
「私は生まれ変わったら配管工になりたい」
そう言った。
 
日本の若い人たちは
こうした下支えをする技術職をやりたいと思わないのか。
誇りを感じないのか。
 
大自然相手に新幹線が運休しただけであまりに酷い報道。
そうした気持ちを助長させている気持がしてならない。
だから思うまま書いた。
 
どうか、新幹線を嫌いにならないで欲しい。

2017年6月20日 (火)

原宿駅

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原宿駅の改札前。
千駄ヶ谷の小学生が書いたレポートが掲示されており
宮廷ホームについて書かれています。

宮廷ホームとは山手線で
代々木を出て原宿に向かう途中、左側に見えるホームのことです。

都会のド真ん中に突然出現する、殺風景な無人駅。
知らない人が初めて見ると
びっくりするかもしれません。
これはお召し列車が発着する
天皇陛下専用のホームです。
 
レポートにも記載があります通り、宮廷ホームは
大正14年に設置され、
合計30回使われました。
新幹線が開通してからは殆ど
陛下は新幹線を利用なさるので、
平成になってから使われたのは
6回です。
 
ん・・・・?下から二行目。
平成て・・・・??なんと!
先生は今上天皇という言葉を子供に教えてあげてください。
 
驚くべき事実、
原宿駅は多い時には一日20万人のお客さんが利用するそうです。
駅員の数は35人。単純計算すると、駅員さん一人あたりで
5,700人以上のお客さんの面倒を見てくれていることになります!
恐れ入ります!

2017年6月 7日 (水)

予科練平和祈念館の零戦

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茨城県阿見町の予科練平和祈念館へ再度、ゼロ戦を見に
行ってきました。
 
今日は日曜日で、朝から快晴だったので格納庫から
引き出してくれて
いました。これが見たかった!
飛行機の背景には青空が映える。零戦が屋外に展示
されているのは、全国でここだけです。

2017年5月25日 (木)

ブルーホーネットグッズ

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5月28日、北宇都宮駐屯地にて
ブルーホーネットの展示飛行が行われます。
 
当日限定でいくつかグッズを用意しました。
ブルーホーネットTシャツ、ポストカード
防水ステッカー、クリアファイル等です。
いずれもキャラクターありと、機体のみの
両バージョンをご用意しました。
 
一日限りの限定品につき数があまり多くなく
売り切れの際はごめんなさい。
ぜひ会場にお越しくださいね。

2017年5月19日 (金)

航空自衛隊黎明期事故による殉職者

 
航空自衛隊黎明期に殉職され
その礎を築かれた方々のお名前を記します。
現在、航空自衛隊の黎明期を研究しており、何かお役に
立てればと検索データベースの作成に至りました。
 
航空自衛隊創設から昭和35年8月までですので
ブルーインパルス発足前となります。
 
左からお名前、階級※殉職後の特進階級です
事故発生日、出身地、事故の内容を記載しました。
  

鈴木光・2尉・昭和29年9月26日・北海道

東海林迪夫・2曹・昭和30年8月8日・岩手県
第1操縦学校所属T-34、連絡飛行中京都府日向町に墜落

土田忠夫・1曹・昭和31年2月6日・宮崎

平塚勝・3佐・昭和31年6月26日・神奈川
第二操縦学校所属T-6訓練中松島で空中衝突

竹内慶文・3佐・昭和31年6月26日・茨城

中田弘正・2士・昭和31年7月28日・長野

宇野進・3佐・昭和31年8月16日・愛知
臨時築城派遣隊所属T-33A、連絡飛行中宮城県松島海上に墜落

三木琢磨・2佐・昭和31年9月29日・愛知 三木琢磨大尉(海兵70期)
臨時築城派遣隊所属T-33A、
連絡飛行中ジョンソン米空軍(現在の入間)基地付近に墜落
米空軍ジョー・ライリー大尉(少佐)同乗殉職

玉利清治・防衛庁技官・昭和31年9月29日・鹿児島

谷嶋広美・1曹・昭和31年11月2日・長崎

指宿正信・1佐・昭和32年1月9日・鹿児島(海兵65期)
第二航空団所属F-86F、2機訓練中接触天竜川河口と遠州灘に墜落
指宿二佐殉職、S空将補ベイルアウト成功

五日市芳武・士長・昭和32年2月19日・岩手

後藤守正・2佐・昭和32年3月4日・福岡
臨時美保派遣隊所属定期便C-46、美保飛行場着陸時海上に墜落

岩本繁明・2佐・昭和32年3月4日・熊本 岩本繁明大尉(航士54期)

吉井富男・1曹・昭和32年3月4日・栃木

野村久光・1曹・昭和32年3月4日・東京

入山芳夫・1曹・昭和32年3月4日・茨城

高野衛・2曹・昭和32年3月4日・茨城

丸山好行・2曹・昭和32年3月4日・東京

古渡清文・2曹・昭和32年3月4日・茨城

高橋唯清・2曹・昭和32年3月4日・長野

岩本勇・3曹・昭和32年3月4日・大分

近藤実・士長・昭和32年3月4日・島根

河井重友・防衛庁技官・昭和32年3月4日・岡山

小川光昭・1尉・昭和32年5月20日・大阪
第2航空団所属F-86F、千歳へ移駐の際、苫小牧および千歳付近に
各1機墜落

小林照彦・2佐・昭和32年6月4日・東京(飛燕・244戦隊長)
第1航空団所属T-33A、離陸時の事故によって
火災発生消失

天野裕・2佐・昭和32年6月4日・新潟
〃小林機に同乗

肱岡勝雄・3佐・昭和32年6月13日・鹿児島
第2航空団千歳派遣隊所属F-86F、計器飛行訓練中苫小牧北方に墜落

中村博・2佐・昭和32年6月20日・神奈川(海兵71期)
第1航空団所属F-86F、夜間訓練中天竜川河口南方海上に墜落

時任二三夫・士長・昭和32年7月30日・宮崎

松本力・2佐・昭和32年9月30日・福岡
臨時築城派遣隊所属T-33A、訓練中飛行場東方海上に墜落

佐藤正・3佐・昭和32年9月30日・大分

吉田誠一・2佐・昭和32年11月16日・東京
第一航空団所属F-86F、訓練中高松市松島埋立地に不時着大破消失

酒井康夫・3佐・昭和32年11月21日・京都
第一航空団所属F-86F、訓練中浜名湖南方海上に墜落

岡野武雄・3佐・昭和32年12月26日・福岡
第二操縦学校臨時松島訓練隊所属T-6、航法訓練中山口県岩国沖に墜落

西川尚信・1尉・昭和32年12月26日・広島

鶴井平・1曹・昭和33年3月13日・愛知
第一航空団所属F-86F、訓練中爆発天竜川河口に墜落

田代孝・3佐・昭和33年4月6日・和歌山

新川久三・士長・昭和33年4月13日・福島

半田要一・3佐・昭和33年5月21日・群馬
第一航空団所属F-86F、2機、訓練中接触尾鷲市南東海上に墜落(要確認)

上田雄二・2曹・昭和33年5月21日・熊本
第二操縦学校分校所属T-6、訓練中宮城県田尻町付近に墜落(要確認)

倉原正典・1士・昭和33年6月24日・大分

大田忠敏・1士・昭和33年7月11日・山口

加治佐稔・1士・昭和33年7月24日・鹿児島

猪原瑞夫・2曹・昭和33年10月23日・熊本
第二航空団所属F-86F、訓練中北海道島松演習場に墜落

山川稔・1尉・昭和33年12月10日・長崎
第二操縦学校所属T-6、訓練中福島県箕輪山に墜落

中村俊英・1曹・昭和33年12月10日・鹿児島

諸隅武夫・3曹・昭和33年12月11日・佐賀

村上忠敏・1尉・昭和34年1月2日・大分

高橋光雄・士長・昭和34年3月11日・秋田

藤原敏之・1尉・昭和34年5月4日・岡山

土井幸信・2曹・昭和34年5月19日・東京
第三操縦学校所属T-33A、訓練中築城飛行場外に墜落

今石琢造・1尉・昭和34年6月5日・福岡
第一航空団所属、F-86F、訓練中松島飛行場に墜落

桐原健男・1曹・昭和34年7月3日・宮崎

坂本誘・3曹・昭和34年7月3日・山口

弘川勝信・2曹・昭和34年7月22日・佐賀
第16飛行教育団所属T-33A、訓練中宇部沖に墜落

渡辺昶夫・3曹・昭和34年8月17日・栃木

山本哲夫・3曹・昭和34年9月5日・栃木

藤田明・士長・昭和34年9月26日・茨城

鶴田茂・1佐・昭和34年10月5日・鹿児島
第二航空団所属F-86F、2機、訓練中空中接触
によって三沢沖に墜落

山本秀成・3尉・昭和34年10月5日・鹿児島

脇信良・士長・昭和34年11月30日・鹿児島

白善誠一・1曹・昭和34年12月23日・京都
第一航空団所属F-86F、訓練中静岡県安倍郡山中に墜落

吉田博昭・1曹・昭和34年12月24日・新潟
第四航空団所属F-86F、訓練中金華山沖に墜落

井島直次・技官・昭和34年12月30日・静岡

木暮辰雄・1尉・昭和35年5月9日・群馬

平原良彦・2尉・昭和35年5月24日・鹿児島
第14飛行教育団所属T-6、夜間訓練飛行中海上に墜落

米谷哲雄・1尉・昭和35年6月29日・北海道
第一航空団所属F-86F、射撃訓練中熊野灘に墜落

鈴木義英・1尉・昭和35年8月4日・東京
第一航空団所属T-33A、訓練飛行中愛知県下に墜落

三崎義信・1曹・昭和35年8月16日・熊本
第一航空団所属F-86F、2機、編隊飛行訓練中
空中接触によって遠州灘に墜落

2017年5月16日 (火)

地獄の一丁目

宅配便の営業所へ行ったら
母の日の直前で大忙し。荷物がボックスからはみ出て
山積みになってました。

荷物が期日内に届かない可能性があるとのこと。
 
前のお客さんは「早く届かないと困る」と言ってましたが、

 
私は繁忙期に某宅配便屋さんの都道府県ベース店で
バイトしてたことがあるので
繁忙期の地獄のような忙しさはよく理解できます。
 
都道府県ベース店は最も規模の大きな物流拠点で
その都道府県に配られる全ての荷物が集められます。
そこからトラックで各市町村の営業所へ分配される仕組みです。
(市町村の営業所でも働いたことあります。同じ自給なら
絶対こちらが楽です。都道府県ベース店は地獄)

 
都道府県ベース店へ運ばれてくる荷物には営業所コード(番号)
シールが貼られていて、それを見分けて、何番は〇〇市、
何番は××市、などと区分けしていきます。
 
勤務は夜10時から朝6時まで。

 
深夜、大型トラックがベース店に到着すると、

強制的にベルトコンベアが動いて、仕分けする荷物が流れてきます。
 
このベルトコンベアが無慈悲で。
 
自分の持ち場(若く体力のある者ほど最上流に配置されますが)で

担当地区の荷物を死守します。目を光らせ
百人一首の札のように、次々、受け持ちの荷物を取っていきます。
小さな箱ばかりではありません。園芸品など大きいですから
ガバっと、倒れ込むようにとびつき、あとは後続の者に
ズルズルと引き寄せてもらいます。ベルトコンベアに
待ってとは言えません。
もう、次の荷物が来てますから
繁忙期はごちゃごちゃと重なってます。 
 
最悪荷物にタッチして「コレは俺の地区のだ!」と
意思表示すれば、
バックアップの者が取ってくれることもあります。
自分がコンベアに乗って流れていきそうな勢いで身を乗り出して
やってます。
特に重いのが冷凍のカニ、長くて扱いにくい
新巻鮭などです。紐がついているとありがたいですね。
アレを掴んでグっと引き寄せていけますから。
 
たまーに「精密模型!扱い注意」などと赤字で
大きく書かれているのを
一瞬チラっと見たような・・・・?
大きく書いてあると、少しは目に留まるので、ラフはラフでも
ちょいと優しい目のラフになります。大切に
運びたい方は大きく赤い字でその旨書くと良いかもしれません。 
(いやそもそも繁忙期に破損し易い大切な荷物は送らない方が・・・・) 
 
取り逃がした荷物は、コンベアが停止した隙に
最下流まで取りに行かなければなりません。最下流には
怖いベテランの女の先輩が待っていて「なんで取り逃したんだ
バカ早くしろ」と
怒鳴ってきます。それに繁忙期、
コンベアはほとんど止まることは
ないのです。
夜10時から朝4時、5時くらいまでは流れっぱなしです。

 
もう体力の限界ですが、ベルトコンベアは恐ろしい。
休めませんものね。
 
私の足元では、お歳暮の高級ハムが箱から中身が出ちゃって
そのままデロデロ溶けながら、朝を迎えます。
誰も拾えない、拾う余裕などない。
 
荷物は破損弁償扱いになりますが、壊したからと言っておとがめを
受ける
ことはありませんでした。これはもう割り切っていた。
それよりも迅速さを欠くほうが責められた。
 
だから言いたいのは、梱包は厳重にしてください。
 
休みたくても休めない、スピードアップするベルトコンベア。

 
全ての仕分けが終わって、
朝6時までに営業所行きのトラックに仕分けのボックスを積んだら
おしまいです。トラックの運転手さんは運転手さんで
時間に遅れると大変ですから、私に早くしろ早くしろと

言います。朝6時の出発時間は死んでも守れ!
  
全国単位ですけど年に一人くらい、荷物に潰されて
本当に人が死にます。私も怪我して労災認定受けたんですけど
手続きが慣れていてスムーズでした。
 

で、そこから各営業所へ運ばれて、営業所では
家庭へ配達されるバンに、さらに細かい町名ごとに仕分けされて
のっけて、最悪遅くても8時には出発するかな。
 
すっかり明るくなって、帰って寝たら
またすぐに夜が来ます。
  
物流は命懸けであります。
あまりスピードを求め過ぎると
犠牲者が出ます。どうか大目に見てください。

2017年5月15日 (月)

タンクローリーが好き

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私、タンクローリーが大好きです。
特に出光のカラーリングが一番のお気に入り。
  
運転しているとなかなか写真が撮れないのですが
たまたま信号待ちで出光ローリーさんゲット。
   
下の写真は鹿児島空港で撮影したタンクローリーの王様、
レフューラー。(もしくはリフュエリングカーともいう)
飛行場内での運用のため、車検取得の必要が無く
艤装品等の制限がない。よってゴチャゴチャして
とても素敵。

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このマシーンで出光のバージョンがあるのですが撮り損ねました。
軍用のレフューラーもいいですね。
  
大型バイパス沿いか、貨物ターミナルあたりで張り付いていたら
良い写真撮れそう。タンクローリーの同人誌が出したいです。

2017年5月14日 (日)

ベルH13

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海上自衛隊(もしくは警備隊)黎明期のお写真を
拝借してきました。ここはどこの飛行場だろうか。

かすかに山の稜線が写り込んでいるのがヒントになりそう。
昭和28~31年頃だと思います。鹿屋か浜松か?
 

機体はヘリコプター専門家の方によれば
ベルH-13とのことです。
 
こちらは私が鹿屋で撮影したベル47。
ヘリコプター、当時はオートジャイロと呼ばれていたかな。
それの最初期の機体です。

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2017年5月11日 (木)

こだま号

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こだま号に乗って静岡県の新富士というところへ行ってきました。
熱海のトンネルを数本抜けるとお出ましになる富士山を拝む。

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新富士の駅はこだま号が一時間に二本停車します。
ひかり号やのぞみ号が停車する駅と違い
のんびりしていて良い雰囲気でした。

2017年4月21日 (金)

身近にある国連部隊

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宇都宮駐屯地・中央即応連隊の
国連PKOに使用されたコンテナ。

百式司令部偵察機

百式司令部偵察機

百式司令部偵察機。
棚を整理していたら出てきた戦時中の絵葉書です。
流線型の美しい機体は、当時最も斬新なデザインでした。
そして、この写真にはタイトルがあります。
 
『君は増産・僕は操縦』
(旧字:增産)
 
葉書の裏面に記されております、戦意高揚の用語でしょう。
端書には陸軍新司令部偵察機・陸軍航空本部提供とあります。
尾翼のマーキング、機番等は秘匿の為消されています。
  
 
---------
百式司令部偵察機、キ番号は46。
元パイロットによれば略称は百偵(ひゃくてい)。
連合国のコードネームは「Dinah(ダイナ)」
陸海軍機史上、最高傑作と称される韋駄天の偵察機。
戦後、当機を接収した連合国も非常に高く評価した。

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2017年4月 9日 (日)

今日から

陸軍関係の本を書き下しています。
いずれ、詳細を発表させて頂きたいのですが、
最近そちらの本の方に戦力集中しているので、
ブログがサボリ気味でした。
 
何も書かないのももったいないので、完成までの間、
テキストの代わりに、
写真で埋めていこうと思います。
いずれも趣味で撮ったものです。

 
戦争関係以外の雑記も好きで、色々な事を書きたくて
年明けにブログをリニューアルしたのですが
カテゴライズが曖昧で、そのままになっているものを載せていきます。
写真は普段からたくさん撮っているのですが、どうやって紹介しようと
考えてました。でも説明なんて最初から要らなかったのですよね。
そのままでいいや、と。
 
alt属性で検索用のソースを埋め込んでおくので
何かのきっかけで見て下さる方がいれば嬉しいかな、と思います。
 
ブログの好きな所は、マイペースで出来ることです。
フェイスブックやインスタグラムなどSNSは、
投稿するとタイムラインに強制的に表示されるので、
「見て見てー」って感じが感じ押し付けがましくて
申し訳なく、ほとんど見る専用です。
 
こちらは検索で来られるか、好きな方が好きなように
見て下さるだけなので、気持ちが楽ですし
ラボ&ライブラリ(実験室兼資料室)的な存在で
やっていきます。
 
今日はガラケーのカメラで撮ったのを載せます。ハイコントラストで
ちょうど三つの色になりました。

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▲有刺鉄線と空

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▲公園の芝生

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▲甲板から望む朝日

2017年4月 8日 (土)

靖国神社と神雷桜

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靖国神社の標本木が満開を宣言した翌日、行ってきました。
 
こちらの神雷桜は第721海軍航空隊(神雷部隊)の戦友会が戦後

植樹したもので、神楽殿の南側と合わせて二本残っています。
 
「春の梢に咲いて会おう」
 
パイロットの方々は、
出撃前、戦死したら、靖国神社の門を入って
二本目の桜の木で
待ち合わせしようと申し合わせたそうです。
それがこちらの神雷桜です。

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桜の木の寿命は短いもので、既に神雷桜は老木です。
今後の維持が課題になってきています。

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こちらは神楽殿北付近の桜。標本木の満開宣言があっても
全体的にはまだ3分咲きくらいでしょうか。標本木はやや早めなので
物足りない方は、少し時期を遅くすると良いかもしれません。
 
境内は大勢の花見客で賑わって
外国人の方も大勢訪れておりました。

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遊就館で甲冑と刀剣の催し物が開催されており
刀剣女子で賑わっていました。

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こちらは歩道橋を渡って、お隣の千鳥ヶ淵の桜。
見頃を迎えていました。

2017年3月31日 (金)

うなぎの神様

日本にはうなぎを全く食べない地域がいくつかあります。
栃木県日光市(旧今市市付近)の一部もその地域です。
 
地域の子供たちは絶対にうなぎを捕まえてはならないと、
厳しく言われて育ったと聞いています。
もちろん食用などもってのほかでした。
 
習慣というのは不思議なもので、ご当地の人々は
それが当たり前過ぎるが故、理由を全く知らない、
深く考えたことはないというのです。
 
それでも地域で聞き込みを続けると、
いくつかの説がポツリポツリと出てきました。
  
「うなぎは神様だから絶対捕まえてはいけない」
  
「昔、大きな水害があったとき、大うなぎが現れて
水をせき止めてくれたので村が助かった。その恩を忘れてはならない」
 
などなど、お家によって言い伝えが違っていますが
大元の考え方は同じようです。先にも触れました通り、
タブーとされる気概というか、そもそも
 
「食っちゃいかんものはいかん。理由など生まれて今まで
考えたことない」
 
ということなので、真相に近付くのに難儀致しました。
はー。
 
それで現在のところ、答えに近いものがあるとするなら
うなぎは星宮神社(付近に分布する神社)の神聖な
「のりうま」であるから大切に扱え、というお話しが出てきました。
 
少し進展。キーワードを手に入れました。
 
「のりうま」ってなんですか?と尋ねて歩いたんですけど
有識者でも 
 
「知らん!とにかく、うなぎはのりうまだから食っちゃいかんのだ」
というのです。
  
そこで星宮神社を訪ね、宮司さんに理由をお伺いしてきました。
宮司さんによると、うなぎは、神様そのものではないのですけど、
神様のサブキャラのような位置付けで
古来より大切に扱われてきた、というお話でした。
 
この神話を私が一から説明するには、もう少し勉強しなければ
なりません。
 
引き続き調べていきます。
    
なお、このうなぎの伝説、調べてみると
他には岐阜県などにも存在しているようで、
言い伝えが地方によってやや異なるのが興味深いです。

 
追記
うなぎを食べない習慣は、上記の通り
星宮神社の信者さんに限った話です。
同じ地域でも信仰の違いで、気にせず食べる家庭もあります。

2017年3月30日 (木)

電装系メンテナンス

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天気が良かったので
エンジンルームの電装系のメンテナンスです。
暑かったので、今年初、エアコンも回してみました。
 
山間部の雪解けまであと少し。そうしたら気兼ねなく
どこへでも走れます。

2017年3月22日 (水)

つまらないものですが

取材先のお宅にお邪魔するときなどは、必ず
手土産を持参しますが、お渡しする折、私は
「つまらないものですが」という言葉を添えています。
 
何かのきっかけで、それを若い人にお話ししたら、 
 
「篠原さん、知らないんですか?最近は『つまらないものですが』っていう
セリフは言っちゃいけないんですよ!そういう場合は『コレコレこーいう訳で
すごく美味しいお菓子なんですけど、よかったらどうぞ!』って言って渡すほうが
絶対印象いいですよ!」

 
と、言うんです。
 
そうだったのか!
恥ずかしいことをしてしまった!

 
早速、家に帰ってからヤホーで問題の語句を検索してみました。
そして数多存在する
マナーについて書かれたインターネットコラム等に
目を通してみました。

 
確かに、最近はあまり使わない表現のようでした。記事の
中には
「そのセリフはマナー違反です!」との鋭い指摘も。

 
でも、よくわからないんですけど
何故「つまらないものですが」が不適切なのか、具体的に
説明されている記事はほとんどありませんでした。
強いていうなら「時代遅れ」かな。
 
ならば!私は次のような見解を唱えることに致します。
 
謙遜せず、「これは上等な品物です」と言い切る事例が認められつつある・・・
多様な価値観を共有していこうという考えには私も賛成です。
「すごく美味しいお菓子だから貴方にも召し上がってほしい」
それはそれでいいと思います。そう言われたら嬉しいですもんね。
   
しかしながら多様な価値観を認める、という事は、古いものを
捨て去る、または否定するのとは訳が違うと思うんです。
両方あってもいいと思います。

だから「つまらないもの」はありです。
 
 新渡戸稲造『武士道』によると
--------------
 
アメリカでは贈り物をするとき、贈る側は受け取る人に向かって
その品物をほめそやす。しかし日本ではその品物の価値を
軽く言ったり、悪く言い立てたりさえする
 
アメリカ人の心情はこのような場合
「この品物は素晴らしいものです。これが良い品物でないとすると
あなたに差し上げようなどとは思いもよりません。良い品物でないものを
差し上げることはあなたを侮辱することになります」ということになる。
 
これに対して、日本人の理論はこうである。
「あなたは立派な方です。どんな贈り物も立派なあなたにはふさわしく
ありません。私があなたの足許に置く品物は私からの感謝のしるしとして
しかお受け取りになれないでしょう。どうぞこの品をその物の価値でなく
私の心からのしるしとしてお受け取りください。最上のものでも
あなたにふさわしい、といえばあなたの品格を傷つける侮辱となるでしょう」
 
この二つの考え方を並べてみると、つまるところの思想は同じである。
どちらもおかしいことではない。私たちの立居振舞ひとつひとつに
日本人の礼儀作法の感覚があらわれているかといって、その中の
些細な事柄を取り上げて、それを典型として一般化し、原理そのものを
判断するのは誤った推理の方法である。
 
真実を語る事と、礼儀正しい事、どちらが大切か、という問いに対して
日本人はアメリカ人と正反対の答えをする、と言われている。
 
--------------

引用おわります。
 
私は日本語の奥ゆかしさが大好きです。
日本人の奥ゆかしさの根底には、他人に対する誠の思いやり
が存在しているからです。
 
奥ゆかしさの中に存在する思いやり、根底は何ら変わらない、
欧米ではそれを愛と呼びます。
 
 

2017年2月 2日 (木)

スピットファイア(イギリス空軍)ラウンデル

イギリス空軍、スピットファイアのラウンデル(国籍識別表)比較。
戦闘機や機種によっても違いがあり、奥が深いです。
 
いわゆる枢軸国(この呼び名も正しいのかわかりませんが)は
鉄十字など角ばったシンボルで視認するものに対して
連合国は丸となっております。いずれも洗練されたデザインであります。

2017年1月16日 (月)

東京とびもの学会に参加します

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3月12日に東京で開催される「東京とびもの学会」にサークル参加
させて頂きます。
 
東京とびもの学会とはどんな催しかというと、
以下公式サイトより抜粋します。
 
---------- 
東京とびもの学会は、空や宇宙に関する事で有れば基本的にどのようなものでも
対象にする自主企画展示・同人誌即売会を中心としたアマチュアファンイベント
です。
 
中心は、飛行機(航空機)、ロケット、人工衛星など、通称「航空宇宙または宇宙
航空」とよばれるジャンルです。
 
大規模オールジャンル系の即売会では、航空宇宙関連の参加者は、メカ・ミリタリ
ー、評論、アニメ、SF、さては旅行に写真系に創作分野まで分散しています。
 
東京とびもの学会は、取り扱い範囲をいわゆるメカミリ系同人誌のみにとどめず、
旅行記、航空祭レポートや写真集、大学等の活動案内、手持ちのグッズや情報
の集中展示に実演パフォーマンスなどまでを含め、航空宇宙に興味がある人が
楽しめるモノであれば広く募集し、そういった中であたらしい出会いや楽しみを
見つけ育むためのイベントです。
---------- 
 
以上です。
 
アマチュアもプロの方も多く集まります。もちろん
出展せず、見に来るだけでもOKです。
また、販売以外でも自身の模型を展示したりと、航空宇宙ファンには
盛り上がる事間違いなしのイベントです。

2017年1月15日 (日)

蒼月遥

蒼月はるか

蒼月はるか

アトリエ空のカケラでイメージキャラならびに
広報を担当させて頂きます。
蒼月はるかです。
よろしくお願いします。

風神雷神(萌えキャラ女神仕様)

風神雷神

雷神風神図を萌えキャラ女神仕様に致しました。
とびもの学会にてクリアファイル配布予定です。
普段、無骨なものばかりなので、たまには柔らかいことやりたいんです!
といいつつ、雷神風神という選択が既に無骨という枠から全然
出てないのですが。
 
イラストはTeaPM様の作画であります。(背景除く)
元祖の風神雷神図はこちらです↓

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どうぞよろしくお願い致します。

零戦21型紙飛行機発売

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紙飛行機屋さんの新作です。
1/48スケール、零戦21型の紙飛行機販売開始しました。
待望の零戦21型。空母瑞鶴搭載機です。 
 
 
当キットは、製作者である紙飛行機おじさんが設計デザインをはじめ、
何度も試作を重ね精度を高めておりますので、
とても作りやすいキットとなっております。
 
素晴らしい3D造形は模型として飾っても
満足いただける仕上がりです。
 
子供さんから大人まで幅広くお楽しみ頂けます。
1袋に2機入っておりますので、失敗しても安心です。(2袋で送料無料となります)
ぜひこの機会にお求めください。
 
 

※空母は付属しません
  
販売ページへ
 
 

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※1パッケージに2機入り、内容物見本。

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完成例見本
 
ミュージアムショップ様向けに卸売も可能ですのでロッド数をご相談ください。

東京オートサロン2017 車両編

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2017年1月13日 (金)

東京オートサロン2017キャンギャル・コンパニオン編

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東京オートサロン2017に行ってきました。キャンギャル編です。

2時間だけダーーーーっと見て写真撮って帰ってきました。
 
会場は場所によって暗かったり明るかったりと
光りの具合が全然違うので調整が難しいですが
綺麗に撮れると嬉しいです。
一番上のズズキのがキャンギャルさんと車がバランスよく撮れました。
 

キャンギャルさんの他に車の写真もいっぱい撮ってきましたので
あとでアップします。
 
参加された皆様お疲れ様でした!
取り急ぎ金曜日の報告でした。
 

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次は車の写真に行きます。

2017年1月12日 (木)

中島飛行機ステッカー補充

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好評頂いている中島飛行機ステッカーを補充しました。
微細なデザインなので、ひとつひとつ手作業で製作しています。
スバル車オーナーの皆様、いかがでしょうか。

  
中島飛行機ロゴについてはこちらの記事もご覧ください。
   
中島飛行機ステッカー販売中(直径86ミリ×1ブラック)
中島飛行機ステッカー販売中(直径86ミリ×1ホワイト)
中島飛行機ステッカー販売中(直径43ミリ×2ブラック)
中島飛行機ステッカー販売中(直径43ミリ×2ホワイト)

2017年1月 9日 (月)

長寿訓

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長寿訓というのがマイブームなので、掛け軸風にデザインしてみました。
(と言っても背景は買ったものですけど)
こういった日本の古きものが大好きです。
  
◇還暦(かんれき)    六〇歳でお迎えが来たら「只今、留守」と言え
◇古希(こき)    七〇歳でお迎えが来たら「まだまだ早い」と言え
◇喜寿(きじゅ)   七七歳でお迎えが来たら「急ぐな老楽はこれから」と言え
◇傘寿(さんじゅ)  八〇歳でお迎えが来たら 「何の、まだまだ役に立つ」と言え
◇米寿(べいじゅ)  八八歳でお迎えが来たら「もう少し米を食べてから」と言え
◇卒寿(そつじゅ)  九〇歳でお迎えが来たら「そう急がず共、良い」と言え
◇白寿(はくじゅ)   九九歳でお迎えが来たら「こちらからボツボツ行く」と言え
 
まだまだ続きがあります!
 
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2017年1月 8日 (日)

なんでロシアの飛行機は変わっているのか

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同じ用途の飛行機でも、アメリカとロシアではまったく形が違うのは
なぜか。それは進化の歴史が土台から違うからです。

写真はロシア空軍の哨戒機ツポレフTu-95です。外国軍機が

頻繁に日本の領空へ来襲し、航空自衛隊機がスクランブルを行っていますが
この飛行機がその、ひとつの正体です。Tu-95は
もともとソ連時代に設計された戦略爆撃機で
ロシア語でТу-95トゥー・ヂヴィノースタ・ピャーチと呼称します。
(この機体は二重反転プロペラ機です。
二重反転プロペラについてはまた別に書きます)
 
この飛行機を見て、日本人は変わった形をしているなあ
と思うかもしれません。
 
別々の進化を遂げてきた東西の機体は、現在においても
世界各地でライセンス生産等が行われ、アメリカ側とロシア側の
二大勢力となっています。
 
アメリカが組長の親分だとすると、その手下に日本、韓国などがあり
同じ戦闘機を使っています。
 
一方、ロシア親分は手下に中国軍、北朝鮮軍などがおり、
いずれもスホーイなどをベースに少し劣化した飛行機を
使っています。
 
ヨーロッパ組は少し事情が変わっているので、ここでは割愛します。
 
古くはロケット開発で顕著に見られた、東西の違いは
セルゲイ・コロリョフ(ソ連)と、ヴェルナー・フォンブラウン(アメリカ)
の二人の偉大なるパイオニアが存在したことから
別々の道を辿ることになります。
 
科学は突き詰めてゆくと大概同じような形になりますが
それまでの積み重ねがあってのことで、ロシアとアメリカは
例えるならば、二つの巨大な塔を建設する目的は同じでも
基礎から違っているので、てっぺんでは全然別の形のものが出来上がって
それが実に興味深いという話を此処で楽しみたい訳です。
 
もとはナチスドイツでV2ロケット(核ミサイルの原型)を開発していた
フォンブラウン博士は、アメリカへ亡命し、その技術を生かして
サターンロケットを開発し、やがて月へ到達します。 
 
一方、ロシアのコロリョフ博士は人類(ガガーリン)を初めて宇宙に
送ったソユーズロケットの父で、ソユーズは現在でも
ほぼ同じ形で現役。スペースシャトルの退役した現在、
アメリカに代わり、国際宇宙ステーションへのメインの
宇宙船として忙しく働いています。
 
ソユーズは見た目は変わりませんが、
中身はアップデートが繰り返され、別物と云われております。
ロシアという国はハードを長く使う傾向にあるようで、
その完成度の高さは凄いです。
 
そういった具合だったのですが、宇宙開発という分野では1975年7月に
アメリカの「アポロ18号」とソ連の「ソユーズ19号」がそれぞれ
打ち上げられ、宇宙でドッキングし、
「もうこれからはお互い仲よく協力してやりましょう」といって
アメリカとロシアが協力関係になりましたので終わったのです。
かくして宇宙から国境が無くなりました。
 
ところが地球上ではそううまくいかなかった。冷戦が終結しても
戦争はなくならないし、それに伴って、東西の兵器は
別々に進化を続けています。
 
アメリカ親分の戦闘機はFシリーズといって
古くはF4FからF6Fなどのレシプロ戦闘機からはじまって
F4、F15、F16、F35などのジェット戦闘機が開発され
子分である日本にも劣化バージョンが送られてきました。
 

▲アメリカ軍原型のFシリーズ
 
もとをたどれば、ソ連との国境線にあります、我が日本は、冷戦時代に
アメリカだけでは極東の防衛が難しくなったので、航空自衛隊を発足し
 
「忙しいんだから、お古の戦闘機をくれてやるから日本はこれで
新しく軍隊を作って戦いなさいよ」
 
とアメリカ親分にもらったものですが。
 
一方、中国、北朝鮮など共産・社会主義各国はロシア(ソ連)親分に
お古の戦闘機をもらっていました。
 
アメリカではFシリーズにあたるメインの戦闘機が
スホーイ(su)シリーズとなります。

▲ロシア軍原型のスホーイシリーズ。 
 
見た目が全然違います。
 
このページの最初でツポレフを掲載して、なんでロシアの飛行機は
変わっているのか、という話をしましたが、当然、ロシア組長から
見ればアメリカ組長の飛行機は「ケッタイな格好している」という感想を
持つに違いないでしょう。
  
政治的なお話は抜きにして考えることにしたいです。
航空ファンは、純粋にメカの進化という視点から見れば、
とても興味深く話が尽きないです。
 
ドイツと日本も戦中は独自に、優秀な飛行機を開発していたのですが
終戦に伴うアメリカの進駐とともに、ドイツも日本も、
技術はぜんぶアメリカのものになりました。
 
フーゴー・ユンカース博士の技術も中島飛行機の糸川英夫博士の技術も
ぜんぶです。悔しいですが、戦争に負けるとはそういうことです。 
 
中島飛行機出身の糸川博士は
戦後宇宙開発に携わりますが、その話も今度したいですね。 
 
こういう話題を話せるオタク仲間が近くにいないので、
少しだけここに書きました。
  
画像購入先 Shutterstock

2017年1月 4日 (水)

F-2とF-35エンブレムステッカー試作

F2

以前作成したデータを元にエンブレムを試作してみました。
F-2とF-35の二種類です。好評だったらイベントに出そうかなと
考えております。

2017年1月 2日 (月)

モバイルフレンドリー化

年末の改修工事で行った作業のひとつが
サイトのモバイルフレンドリー化(スマートフォン対応)でした。
いまは殆どの方がスマートフォンでご覧になるので
スマートフォンで見やすいように改修工事を致しました。
(旧バージョンはパソコンの画面と同じように表示されていたので
不便だったと思います)
 
でも私はスマートフォン持っていないので
どのように見えるかわかりません。見やすいといいんですけれど・・・。

新年さっそく京都へ行きます

1月11日は京都へ参ります。
元搭乗員の方のお話しを伺う予定ですが、
せっかく京都へ行くので何か珍しいものないかな?と探しております。
大阪や兵庫までは足を延ばします。
 
そして最近見つけたこの本
『零式艦上戦闘機図面集』

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海軍航空技術廠の本物の図面を集めた本のようです。
これがあれば全部の型式の零戦が精度よく描けるのですが・・・・
高い。3万円近くします。新品でも1万9千円だそうなのですが
手に入れたい一冊です。

2017年1月 1日 (日)

開聞岳の初日の出

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2017年(平成29年)元旦のダイアモンド開聞岳です。
鹿児島在住の有田直史氏が撮影して送ってくれました。
 
枕崎で初日の出見てから農免道路を知覧へ走れば必ず
見られる景色だそうです。

 
有田直史撮影

平成29年元旦

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あけましておめでとうございます。
昨年は大変お世話になりました。
今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

2016年12月24日 (土)

アメリカ軍の騒音対策をマネしてみた

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Amazonで購入したこちらの品物は
アメリカ軍でも使っている軍用耳栓。(ナスカーって書いてあるけど)
普通の耳栓より格段に性能が良いそうです。 
 
硫黄島派遣の際に、航空自衛隊のC-1かC-130に乗るのですが
耳栓必須です。その上、自衛隊の宿舎での共同生活で
避けられないのがイビキの問題です。イビキの大きい人だと
睡眠不足で困っていたのですが、これで大丈夫です。

 
戦友のイビキで睡眠不足になったら満足に戦えませんもんね。
さすが、アメリカ軍の備えは完璧でした。
 
この耳栓に加え、
ダメ押しでノイズキャンセラーヘッドフォンを併用すると 
ほぼ無音になります。寝返りを打てないのが欠点ですけど。
さすがに軍用は手に入らないので、民間用最高品質のオーディオテクニカです。

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この組み合わせは最強でサーキットの撮影でも使っています。
サーキットの爆音も、耳栓とヘッドフォン越しに聞こえる事は聞こえるのですが
だいぶまろやかになりますので、リラックスして撮影できます。
 

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オーディオテクニカといえば、ノッチホンですね。

2016年12月19日 (月)

あなたの顔を私は知らない

個人ブログの衰退が著しい。
その最たる要因はSNSの台頭である。
 
以前は個人ブログを書いていた人たちも殆どが閉鎖して、
ツイッターやインスタグラム、フェイスブックなどに移行している。
 
SNSに投稿された記事や画像は、他人のタイムラインに表示され
それが興味があっても無くても、とりあえずは他人の目に触れることになる。
これにイイネを押すかどうかはまだ別の問題であるが、
今日、何を食べたとか、どんな些細な事でも、強制的に目に触れるので
「注目されている」「読まれている」「繋がっている」といった
満足感が得られるのである。老若男女、かまってちゃんと言ったら悪いけど
仮にも一億総芸能人時代の到来である。
 
個人ブログが衰退したもう一つの大きな要因としては、こうしたSNSに
投稿された記事や画像が、キュレーションサイト(まとめサイト)に
吸い上げられてしまって、見る方も、投稿するほうも、それが楽チンであり
第一次情報を発信しようという気概が失せてしまったのか、と私は考えている。
 
そんな時代に、こんな個人ブログをやっているのは何者なのか。
自分でもよくわからないが、どうぜ個人研究をするなら
ノートに書いてしまっておくより、誰かの役に立てれば良いと
思ってとりあえず惰性で公開を続けている。
  
事実、このブログには一日に数千から多い時には一万以上のアクセスがある。
多くは検索エンジンからの訪問となっているが、どんな人が見ているのか、
書いている本人にはサッパリわからない。
 
こんなに見てる人がいるのに、イイネ!もコメントも殆どつかない。
SNSとは雲泥の差である。
 
たぶん、「オッケー、グーグル!」で気軽に調べてここへやってきて、
見て、情報が得られたら、それで満足しておしまいなんだと思う。
「オッケー、グーグル!」で来た人へ。あなたの顔を私は知らない。
保証の限りではないけれど、見てくれてありがとう。

 

孤独といえば孤独だけど、自分にはこれが合っているし
これで良いんじゃないかなと考えている。



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