2020年9月 9日 (水)

『戦鳥』(いくさどり)第二版補足増強版についてお願い

戦鳥(いくさどり)

『戦鳥』(いくさどり)第二版補足増強版の出版を検討しています。
主に増強される部分は以下の項目です。
 
1.海軍航空隊全ての部隊史
2.陸軍飛行戦隊全ての部隊史
  
3.インタビュー企画
「紫電改」パイロット&「疾風」パイロット
 
4.全ての陸海軍航空機の型式側面図の大幅増強
 
5.リアルイラストの大幅増強

 
6.コラム大幅追加
  
7.全ページ英文併記
  
以上を検討していますが、商業出版の目処が立たないため
自分の出版社で出すことにしました。価格を抑えるため
ある程度のロッド数を確保しなければならず、
そのためには印刷費が200万を超えてしまいます。
(300ページを越える豪華本になりますが
小売価格は4000円台に抑えたいと考えています)
 
資金援助をしていただける方を募集しております。
ぜひ、よろしくお願いいたします。
 
広告等も掲載可能です。
 
印刷所と相談した上で
クラウドファンディングサイトで援助額のプランを作成中です。
改めてご案内致します。
もちろん規定の金額に達しなかった場合は返金されます。

2020年5月31日 (日)

インドネシア独立戦争と日本機

インドネシア独立戦争



ゼロ戦パイロットの原田要さんから生前、直接聞いた話で
よく印象に残っているのが
 
「日本は世界各国で戦争をして大変な迷惑をかけた。
だけど、それでインドネシアをはじめとしたアジアの国々が独立
できたのは事実です」
 
これは戦争とは、善悪の表裏一体という話であって、
決して出来事の評価や可否を決定する発言でない事を強く、強く
お断り申し上げておく。
 
これが朝日新聞の記者が書くと「日本が迷惑をかけた」だけが書かれて
後者はバッサリ切られる。併記して然るべきが、メディアとしては欠陥がある。
(蛇足はここまでにしておく)
 
インドネシア独立戦争~昭和20年8月17日-24年12月27日
戦死後も戦った日本の陸軍パイロットたち
 
昭和20年8月15日以降、
祖国に戻らず、インドネシア解放戦線に加わった日本兵は
数千人に上ったとされ、現地に骨を埋めた。
 
日の丸の下半分を白色で塗られた新生インドネシア空軍の
一式戦「隼」が独立戦争で使用・飛行したという記録は不明であるが
元日本陸軍の飛行場には一式戦のほか、九九式襲撃機、百式重爆撃機「呑龍」、
三式戦闘機「飛燕」などが残されていた。
 
過酷を極めたニューギニア戦線では
陸軍飛行戦隊の操縦士、地上勤務員の多くが稼働機を失い
地上部隊に編入され、玉砕(戦死)と、公には報告されている。
彼らは一度は戦死した筈であった。ところが
『帝国軍用機で始まったインドネシア空軍』によれば
8月15日以降の独立戦争で日本製航空機の整備、パイロットを務めたのは
アリ、アッモ、アマッというインドネシア名に改名された元日本兵だったと
記されている。当初、彼らは連合軍を恐れ、飛行を拒んでいたが
「もうあなたがたは日本兵でなく、我々と同じインドネシア人なのだ」と説得され
九九式高等練習機四機を飛ばした。さらにマラン市上空でアクロバット飛行を展開し
市民の喝采を受けたというエピソードが残されている。
その後、彼らが引き続き解放戦線に残留しインドネシアの土になったのか、
復員船に乗って本国へ帰還したかはわからない。