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2019年9月 5日 (木)

復員の日(ノンフィクション)

雷撃の不安もない、フィリピンからの引き揚げ船は横浜へ着いた。
復員の為、増設されたホームの雑踏を抜け、省線に乗る。
汽車は幾重にも連なるトンネルを潜り抜けて、懐かしの故郷へと近付いてゆく。
 
レイテ島において、我が飛行戦隊は玉砕。稼働機も全て失い、
さっきまで隣を歩いていた、従兵が急に肩へもたれかかってくるかと
思えば、狙撃兵による頭部貫通銃創。即死であった。
まだ紅顔の少年ではないか。
 
汽車を降りて、数年ぶりに見る故郷の駅。
真っ青な空を仰ぐ。
もう敵機の機銃掃射も無い。
 
母には戦死の報せが届いていることだろう。
戦死した戦友にも申し訳ない。
 
そうして駅の隅に腰掛けているうちに日が暮れて、
とぼとぼと、家の方向へ歩き出す。
 
濡れた稲穂の香りと、身を撫でる秋の風が冷たい。
月の光を受けて、長く伸びた影は、僕の気持ちとは
裏腹にもう数十メートルも、先へ先へと進んでゆく。 

茅葺屋根の懐かしの我が家には明かりが灯っていた。
 
思えば出征の日、立派に死んで来いと明治生まれの気丈な母から
万歳万歳と送り出され、こんなみじめな帰宅をするなど
思いもしなかった。
 
明かりの差す引き戸を
思い切って開けた。
 
そこには食卓を囲む父と母の姿があった。
僕は崩れる落ちるように土間へ膝をつくと 
嗚咽を漏らし乍ら
 
「おっかぁ、すまん。死に損なった」
 
と言った。
 
あの日、立派に死んで来いと、見送った母が、
涙ひとつ見せたことのない厳格な母が、
僕に泣き乍ら抱き着いてきた。
  
昭和20年、秋
 
復員の日である。

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