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2017年7月 3日 (月)

四宮徹中尉の思い出1

震天制空隊のニュースが連日、新聞で報道されていた。
 
震天制空隊はB-29に体当たりを敢行する目的で、
成増、調布等の戦闘機隊の一部をもって
編成された空対空の特攻隊である。
 
震天制空隊で代表的な存在が244戦隊の四宮徹中尉である。
四宮中尉はB-29に体当たりし、片翼で帰還したことで
一躍、世に知れ渡ることとなり、愛機飛燕は日比谷の百貨店に展示された。
 
昭和20年、調布飛行場。飛行機好きのK少年は
元々住んでいた神田神保町が空襲で焼け、西立川へ疎開してきた。
調布飛行場が近所だった。
 
飛行場のフェンスは目隠しがしてあって、外からは
見えない。B-29の偵察では丸見えだと言うのに、
わが国民に見せてくれないと言うのも
おかしな話だ、と少年は考えていた。
 
その頃は、どういう訳か知らないけれど、少年が
「特攻隊に行きま-す!」と営門で敬礼すれば
調布飛行場の中へ入れたという。
 
整備員が、ニュース写真では塗りつぶされていた
独立飛行隊の九九式軽爆の
ダイブブレーキを見せてくれて写真まで
撮らせてくれた。
 
隊員とのエピソードは数多くあるが
この日も、調布飛行場にカメラを持って堂々と立ち入り
歩いていたときだった。
向こうから、ニュースで見覚えのある顔がこちらへ近寄ってくる。
 
丸顔で童顔の四宮徹中尉である。
 
少年はここぞとばかり、気持ちに勢いをつけて
 
「有名な四宮さんですよね!!」
 
と声をかけた。
どちらかというと寡黙なタイプの四宮中尉は
 
「そんなに有名じゃないよ。俺は」
 
穏やかに一言だけ、答えると、通りすぎようとした。
少年はカメラを持ったまま、四宮中尉の後を
追いかけるのであった。
 
つづく

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