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2015年3月 8日 (日)

アンガウル玉砕戦

P1030237

「僕はね、靖国神社へ行けないんだよ。自分だけ死に損なって
戦友にどんな顔をしたらいいか・・・申し訳なくてね。」
 
パラオ・ペリリュー・アンガウルの玉砕戦で生還した
倉田洋二氏は語る。
 
倉田氏と私は、パラオが注目される以前から
個人的な付き合いをさせて頂いていたが、
今までは倉田氏本人に迷惑がかかると思い、ほとんど
書かなかった。しかし今年こそ出すべきと思って少しずつ思い出や
やってきたことを書いていこうと思う。倉田氏との
思い出は、とにかくたくさんありすぎて
書ききれないので、まずは概要だけ記す。

多くはビールを飲みながら倉田氏本人から私が直接聞いた話なので、
本には載っていない。取材とよべるものでもないので荒削りで申し訳ない。
 
倉田氏が徴兵後配属されたのはパラオ・アンガウル島。ペリリュー島の南
10kmに位置する島は、ペリリューと同様の激戦地で
後藤丑雄少佐率いる宇都宮五十九連隊歩兵一個大隊(第一大隊)と
兵站あわせておよそ1200名が守備、米一個師団を相手に
一ヶ月間もの間、抗戦を続け玉砕した。生還者は原則いないという概念で
考えてよいが、負傷、最後の突撃に参加できず、生き残った兵士は50名である。
 
倉田氏は昭和19年、パラオ・南洋庁勤務中に現地召集を受け
陸軍第14師団(照)五十九連隊第一大隊、日野中尉指揮する
砲兵隊に配属、同年9月17日の上陸戦でアンガウル島日野中隊は
47mm速射砲を構え、上陸進攻する米軍と対峙した。
 
「死ぬのは怖くなかったよ。とにかく一生懸命だったからね」
 
アンガウル島に上陸したのは米陸軍第81師団で、上陸後も
複郭陣地に籠城する守備隊に苦戦を強いられた。
 
狭い山道を先鋒部隊である米戦車群は一列で進撃するほかなく、
倉田氏所属の日野砲兵隊はその先頭車両に狙いを定め撃った。
先頭車両を擱座され、さらに後部の車両を撃破された米戦車隊と
随行歩兵は行き場を無くし大混乱に陥った。
 
「最初は互角の戦いができたよ。LVT(水陸両用戦車)は装甲が薄いから
簡単に破壊できた。M4戦車はそれよりかは少し頑丈だったけど
徹甲弾を打ち込んで撃破できた。むこうも身動きが取れないから
撃った弾はほとんど命中した。」
 

Imgp7616

▲倉田氏が実際に使っていたと推定される47ミリ速射砲。アンガウル島西港付近。
 

「だけど弾は限りあるから、なくなったらおしまいだ」
 
中隊は弾を撃ち尽くすと、速射砲を捨てて複郭陣地の奥深くへ
後退して徹底抗戦の構えを取った。険しい山岳地形を活用し、
狙撃、手榴弾で戦った。すでに中隊は散開し生き残った兵士で
最後の一兵まで戦う覚悟であった。
 
アンガウルの籠城戦では水の確保が最重要であり、
水を求めて青池(サロメ湖)まで決死隊で下らねばならない。
米軍との直接対峙では優位性を保ったが、この水汲みで戦死した者が
多かった。また生き残った兵士で夜間斬込隊を編成し、ほとんどは
生きて帰らなかった。
 
「ジャングルの中で一列になって進んだんだけど、上官が、
倉田、進まんか!進まんか!といってケツを叩くんだけれども
進まんかと言われても、前が進まないんだからしょうがないんだ」
 
10月中頃、倉田氏は迫撃砲を受け、半身不随の重症、
身動きが取れなくなった。後藤大隊長は
動けるもの(およそ150名)を集め、最後の訓示ののち
敵陣に最後の突撃をし、玉砕した。これでアンガウル島における
組織的戦闘は集結し、米軍による占領が宣言された。
 
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後藤大隊長の最期
 
倉田氏はその後、壕内で一ヶ月間身動きが取れず、
それでも生存者数名で陣地の死守を遂行しつつあった。
11月3日、米兵が戦利品を探しにやってきたところを
発見されたが、その米兵は生き残っていた日本兵に驚き
逃げ出した。
 
まもなく米兵は仲間を引き連れ掃討戦にやってきた。
戦友の高木上等兵が手榴弾戦の末、戦死した。
「下園、手榴弾をくれ!」
絶叫した高木上等兵の最後の言葉が今も忘れられないという。
 
正月を迎える。
すでにアンガウル戦終結から2jヶ月。
「いつか連合艦隊が援軍にくるから」と本気で信じていた。
パパイヤの根やヤモリ、米軍からかっぱらった食糧で食いつなぐも、
栄養失調になりつつあり餓死は時間の問題であった。
アンガウルからペリリューへ泳いで渡ることを決断。
共に居た沖縄の兵士が山原出身で泳げなかったため、
筏を作り、数名で夜の闇をついて脱出を試みたが
アンガウル海峡の潮の流れは速い。やがて力尽きて
西港付近へ流し戻された。
 
ふたたび複郭陣地に籠城し、米軍の食料を奪うべく
夜間出撃。その際、歩哨線のアンテナ(鉄条網)に引っかかり
沖縄兵士二名と中山二等兵が戦死した。
 
倉田氏もいよいよ最後と観念したが、撃たれなかった。
米兵が物珍しげに集まってきた。米軍MPの尋問を受け、
ペリリュー島捕虜収容所へ送られる。ここで船坂軍曹と再開する。
下園二等兵、板垣兵長、田中軍曹等とも再会。
「倉田!生きていたのか!」と
たいそう驚いたという。ペリリューからヤップ、ウルシー、
グアム、ハワイ、米本土ポートランド、サンフランシスコ、サクラメントを経て
ウィスコンシン、アイオワのクラリンダー口外のP.Wキャンプへ入る。
終戦の後の昭和20年11月、横浜港に入り浦賀の
銃砲学校で復員した。
 
そしていまふたたび戦友の御霊を守るべく
倉田氏はパラオ島で暮らしている。
 
私はパラオが注目されるずっと前に現地の
倉田氏の自宅へ訪ねていき、初めて会って話をした。
そして幾度となくお世話になり現在に至る。
 
徒然なるままにまた、かけることは書ける範囲で書く。
 
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