2019年5月21日 (火)

夏の東金飛行場

Photo_2

千葉県東金飛行場より飛翔する
飛行第28戦隊(天翔第9160)の百式司令部偵察機(武装司偵)
イラストは百式武装司偵の代表的エース、北川軍曹機で
北川軍曹は終戦までにB-29、2機を撃墜、4機を撃破。
機体に星印のスコアを描いた。

流星の雷撃

Photo

また戦争の絵をやってしまった。
こういう描写はものすごいエネルギー使います。
でも、続けます!!

最後の零戦 / 零戦64型または54型丙

64

2019年5月20日 (月)

我、菅野一番

Photo_2

4月12日、あの時は鹿屋から出たんですよね。
そして一番機が杉田庄一、二番機が私で、三番機は宮沢豊美、
4番機は田村恒春。 田村は栃木なんですよ。彼とはだいぶ一緒に
飛んだし空戦もやったよ。 その田村が離陸してからエンジン不調か
なんかで引き返したので3機で編隊組んで飛んで行った。
そいでまあ、いちいち下の島見とる訳ないから
上ばっかり見とるから、そいで喜界島の上まで来たら
 
「菅野一番、敵機発見、敵機発見」
言うないなやビューーーーッと突っ込んで行ったんですよ。
 
一区隊が菅野大尉の4機、二区隊が杉田、私、宮沢。だから一区隊と二区隊
言うたら、すぐ端に居るからね、一区隊の一番機、菅野大尉の隊長機が
突っ込んでいったら すぐ見える訳ですよ。
「あれ、やったー」思って。ほいで、それを我々も一緒になって
ついていくわけですよね。
 
あのときは随分乱戦になってですね、でも301飛行隊は未帰還機は
無かったかな。 ほいで、菅野大尉が突っ込んでいった。
私もそれについていった。ほんなら下からF4U。
いわゆるヴォートシコルスキーやな。
 
そいつがビューーーーウっと上がってきよったわ。
それに菅野大尉がダダダーーーーっと撃って一撃で一機撃墜しよったんですよ。
「やった!」と思って それから乱戦になってですね、それで記憶はないんだけども
私はとにかく杉田兵曹から 「空戦の時は編隊離れたらいかん」て
やっかましく言われとったからね。
 
笠井智一さんのお話より。(篠原インタビュー)

2019年5月19日 (日)

戦争の絵2

彗星艦爆突入の絵。
ツイッターですごい人気だったのですけど。
   
あれを作画してから、どうにも
戦争の絵がダメになってしまって、涙が止まらんのです。
でも、続けます。苦しいのですけど、もっと凄い修羅場
(本来の意味ですね)を描かねばなりません。
戦争は絶対、嫌いです。けど描きます。

その名は飛燕

Photo

昭和20年1月27日、第244戦隊長、小林照彦少佐は
高度10500メートルにおいて、ほとんど失速状態でB-29に突入。
その後、落下傘降下し、軽傷で生還した。これは
第十飛行師団に震天制空隊が発足する以前のエピソードである。
 
January 27 1945 Tokyo skies alt 10500m
Major Teruhiko Kobayashi
244th flight regiment The attack is stall down
after Kobayashi is Escape life return

2019年5月18日 (土)

丸い虹の話

Pixta_22742566_s

田中さん
「普通、虹というのは付け根がありますね。それが
飛行機に乗ると、付け根の無い丸い虹が見られると、
伝え聞いていました。それが見たくて飛行機乗りを志したんです」
 
篠原
「それで、見ることはできましたか?」
  
田中さん 
「一度だけ見ました。彗星で太平洋を飛んでいるときです。
機体の下は白い雲で、彗星を中心に丸い虹が出来て
それがいつまでも離れずに追ってくるんです。
感激しました」

追記

なんでいきなり特攻隊の話を書いたかというと、仕事しながら
画面は見れないんですけど、Huluで映画を音声だけひたすら流してるんですけど、
『俺は君のためにこそ死にに行く』という映画をはじめて観て
びっくりしたんです。すごくサムライの映画だなと思いまして。
なんで今までこれ知らなかったんだろうと。 
 
新渡戸稲造『武士道』の中で
「日本人は欧米人から見たら感情の無い冷酷な民族とみられるのか」
と書いていますけれど、この映画を観て、
それを強烈に思い出したんですよ。

それから、
知覧に映画で使われた隼がありますよね。あの、 
片翼に増槽、もう片翼に250キロ爆弾、
あれ見てるだけで、泣けてくるんですよ。
飛行機はいろいろありますけど、
私は、あの仕様がもう悲しくて悲しくて
しょうがないんです。
 
ただ、私は飛行機が好きなだけなんですけど
どうしても、戦争の主役になってしまうことが
悲しいのですけれど、書かずにはいられないのであります。
 
田中さんも飛行機乗りを志した理由が
「丸い虹が見たかった」という理由だったんですよね。
以前、ここでも書きましたけど

田中三也さんのお話

1

田中三也さんの
特攻隊を任命された前夜のお話。
  
(写真はトラックで、特攻でなく、ただし決死の作戦の前日に撮られた写真。
バレーボールで汗を流した後で、みんなニッコリしている。この中で生きて
終戦を迎えたのは、確か、2人か3人だったと思う。)
 
周りは宴会をして大賑わいで送り出そうとして
くれていた。田中さんは(大騒ぎは)「やめてくれ!」と
思った。一人静かに過ごしたかった。
しかし田中さんの思いとは逆に軍歌、軍歌で
盛り上がりは止まらない。
 
その中で、ひとりだけ、「ふるさと」を唄い始めた。
それが田中さんの心に今でも残っている。 
 
「だから、今でも私は『ふるさと』だけは聴けません」
 
床に就いたが眠れない。
そこへ夜間の奇襲爆撃があった。
田中さんは、もう、翌朝はどうせ死ぬものと、
防空壕へは行かずそのまま寝ていた。
 
飛行場が激しく爆撃されている。
自分たちが寝ていた宿舎は無事だった。
 
爆撃の中、ペア(操縦員)の佐藤武平(写真左下。挺身偵察で
サラトガの横っ腹をかすめて飛んだ戦友。のち戦死)が
飛行場から、こちらへ走りながらやってきて
 
「バンザーーーーーイ!!!!!!」
 
と叫んでいる!
 
飛行場へ行ってみると、翌朝、自分たちが搭乗予定だった
特攻機の彗星艦爆が木っ端みじんになって燃えていた。
 
・・・彼は確かに万歳と言った。
 
後にも先にも、自分らの飛行機が破壊されて
喜んだ人を知らない。
 
それで命が長らえたが、
一度、特攻隊を拝命した以上、その思いは
つきまとって離れない。代わりの飛行機さえ
届けば、いつでも行かされるだろう。
 
特攻隊の任を背負ったまま、出撃の命令なく
343空、騎兵隊へ転勤となる。
 
田中さんは、そのころのご自身を、特攻隊のことが
頭から離れず、
「髪も伸ばし放題で態度が悪かった」と回想する。
 
ある日、源田実司令が自らやってきて
「貴様が田中飛曹長か」と言う。
 
「そうです」と答えると
 
無理やり床屋へ引っ張っていかれこう告げられた。

源田司令
「貴様の特攻は私が預かる」
 
田中さん
「源田さんから、その言葉を言われた瞬間にそれまで重しだった
ものがスーッと消えてなくなりました」
 
田中さんは、その後、彩雲隊で通常の偵察任務で飛び、
終戦を迎えた。
 
源田司令も評価の分かれる人物であるが
こうした事実もある。このサイドストーリーを
それを志賀飛行長の証言をもとに漫画にしてある。
こちらを合わせてご覧いただければ、田中さんの
証言とつながる部分もあるのではなかろうか。

Photo_2




2019年5月17日 (金)

仮の結線でこれを打っています。
 
今日は、隼でB-29を撃墜した経験を持つ
パイロットの方に取材でした。撃墜した場所は
シンガポールからマレー上空というので
成都へ進出を始めたころのB-29飛行隊だと思います。概略は
拙著「飛行戦隊の本」に載ってますが、撃墜されたご本人が
ご健在だったとは。ですから、もう少し掘り下げます。
 
篠原
「隼でB-29撃墜例はほとんど聞きませんが」
 
隼パイロットの方
「うん、わたしも知らない」
 
この話は、ほかにもB-24等の米爆撃機撃墜後、
連れて行かれた捕虜の話に及びます。
取材を続けます。
 
そうだ、靖国神社、みたままつりの献灯(大きな提灯のほうです)
今年も早々に申し込み完了です。日本一早い盆踊りです。
名義は今年も「アトリエ空のカケラ 篠原直人」です。
 
去年は献灯したけれど多忙で行けなかった。
友人に写真を撮ってきてもらいました。
   
ことしは、行けたらいいな。綺麗なんですよね。
わたしの心は恐れ多くも多くの御柱(みはしら)と
ともにあるなあ、という穏やかな気持ちがいたします。

Img_2603
Img_2613



篠原 直人 Profile
このサイトについて
よくある質問
コメントをくださる方へお願い


蒼空はるか
漫画版

戦史 ブログランキングへ
▲記事が役に立ちましたらクリックをお願いします。
当サイトは皆様のクリックで成り立っています。

【蒼穹の戦士】
ある特攻隊員と少年の実話~黎明の蛍
パラオの零戦/誇り高きサムライ~吉田久光上飛兵
ご遺族と共に最後に飛び立ったペリリュー飛行場へ
パラオの彗星/墜落現場へ~永元俊幸大尉
ガドブス島探索~第263海軍航空隊(豹)のエースたち
帝国海軍から航空自衛隊へ~指宿正信大尉の見た空
敷島隊の五機とロケット戦闘機「秋水」
富安俊助中尉とエンタープライズ
岩本徹三中尉の戦後
赤松貞明中尉の戦後
篠原弘道准尉 ホロンバイルの荒鷲
零戦の雑学 21型から52型 64型まで
われら雷電戦闘機隊
幻の怪鳥「烈風」改
紫電改と343空 第343海軍航空隊全搭乗員リスト
江草隆繁少佐の九九式艦上爆撃機
一式陸攻の見学
さらば!空中戦艦「富嶽」
1/144航空母艦「飛龍」大ミッドウェイジオラマを作ろう
YS-11宇都宮への定期飛行スケジュール
青木義博中尉(稲妻の雷電)
彩雲パイロット杉野さんのお話
飛燕戦闘機隊々歌完成
雷電 伊藤進中尉機
彗星と航空戦艦日向
西開地重徳少尉の故郷とご遺族を訪ねる
真珠湾攻撃隊零戦隊マーキング
マリアナ沖海戦航空母艦一覧
海上自衛隊もうひとつの黎明期 技術士官編
「彗星」小松幸男飛曹長機
赤城(ミッドウェイ作戦時艤装)
ゼロ戦(零戦)21型と52型の違い


【原田要さんの話】
(1)撃墜した敵パイロットの顔が忘れられない
(2)南京攻略戦掩護とパネー号爆撃事件
(3)真珠湾攻撃と亡き戦友の思い出
(4)赤城、加賀、翔鶴、瑞鶴、飛龍への着艦
(5)零戦、紫電改、様々な飛行機に乗って
(6)関行男大尉の教官を務める
(7)元ゼロ戦パイロットとして平和の大切さを訴え続ける

【紫電改パイロット笠井智一さんのお話】
零戦と中部太平洋戦線
紫電改と第343海軍航空隊

【「翔鶴」「隼鷹」零戦隊パイロット増山保雄さんのお話】
航空母艦への着艦・発艦方法を語る(動画)

【一式陸攻搭乗員天野さんのお話】
(1)一式陸攻のイロハ(クルーの役割)
(2)東京初空襲とミッドウェイ海戦
(3)ソロモン海戦水面スレスレでの雷撃敢行

【飛燕パイロット竹田五郎さんのお話】
高度1万メートル「飛燕」「五式戦」B-29との空戦(1)
高度1万メートル「飛燕」「五式戦」B-29との空戦(2)

【中島又雄さんのお話し】
零戦52型丙 B-29との戦い

【池田武邦さんのお話し】
新鋭巡洋艦「矢矧」航海士が見たマリアナ、レイテの回想


【ペリリュー島第二連隊生還者 永井敬司さんのお話】
ペリリュー島のラストサムライ

【日本の戦跡一覧】
旧海軍大湊通信隊稚内分遣隊幕別送信所(稚内市)
猿払電話中継所跡(遥かなる樺太・真岡)
八甲田山・雪中行軍隊の足跡を辿る
四式戦闘機「疾風」地下工場その2
カッパドキアより凄い!採石場跡は世界最大級の巨大地下空間
疾風地下工場(大谷資料館)外観とその周辺
洞窟戦車工場(那須烏山市)
「桜花」カタパルト基地
航空自衛隊浜松基地広報館(エアパーク)
三菱重工名古屋航空宇宙システム製作所史料室の見学
戦艦大和ドックは健在(歴史の見える丘)
からすこじま公園
大和ミュージアム
てつのくじら館  柱島・周防大島の戦艦陸奥記念館
人間魚雷「回天基地」大津島
楢本神社
小島・芸予要塞
松山第343海軍航空隊
佐田要塞・未机湾(真珠湾九軍神の碑) 
南レク「紫電改」
宿毛湾・宿毛泊地
高知航空隊
三魂之塔(彩雲)
大刀洗平和記念館
ペリリュー島守備隊長中川大佐の墓所 大分飛行場跡(宇垣特攻の地)
宇佐海軍航空隊(永遠のゼロ) 
佐世保鎮守府
SSKドック(旧佐世保海軍工廠
セイルタワー
大村海軍航空隊
海軍針尾通信所(巨大通信塔)
三菱重工長崎造船所(戦艦武蔵ドック)
万世特攻記念館
海上自衛隊鹿屋資料館(海軍特攻資料館)
鹿児島空港(陸軍国分第二飛行場)
四式戦闘機「疾風」と中島飛行機宇都宮製作所
神雷部隊「桜花」別杯の地

【四方山話】
富士山の空撮
人形供養のお焚き上げへ行ったら・・・
故人の人権は誰のものか?
バブル遺産巡り
自衛隊お見合いパーティー2015
吹上浜での拉致の一部始終を普通に話す人
東京オートサロン2015ガールズ
リバティウォークのランボルギーニ(ゼロ戦仕様)
宇都宮ヘリコプターアクロバットチーム「ブルーホーネット
エヴァンゲリオン新幹線500系見学
フライング・ダイナソー搭乗
みかんを知ろう
憧れの樺太
扇風機を改造してみた
アメリカ軍の騒音対策を真似してみた
航空幕僚副長を表敬
いろは坂の深夜
ガルパン(大洗)こんな凄い町おこし見たことない!
西住みほコスプレ撮影
ネットアイドルの杏樹ちゃん撮影
興津の海と鵜原八坂神社
20XX年 応急夜戦滑走路
1/48 B-29完成


【Tシャツ製作記録】
ゼロ戦Tシャツ
伊400と晴嵐Tシャツ
紫電改Tシャツ
三式戦「飛燕」Tシャツ
10式戦車とIV号戦車Tシャツ新発売

【フリー素材・写真/イラスト集】
零戦(ゼロ戦)フリー素材・画像・アイコン
10式戦車 90式戦車 74式戦車 フリー
IV号戦車 フリー素材画像
航空自衛隊 F-2 戦闘機 フリー
戦艦大和・武蔵
伊400
飛龍
ゼロ戦の形式一覧
艦上爆撃機「彗星」形式
満州鉄道伊ロゴ作成
中島飛行機ロゴ作成
ステンシルフォントの作成(漢字・和文)
陸軍飛行戦隊データベース


パラオ全図島
■パラオ全図(各島詳細)